茶色の重い扉を再び開けて部屋から出ると、品のいい六人掛けのテーブルが置いてあった。どうやらレッスンで自分の番が来るまで、宿題をしたり水筒のお茶を飲んだりして過ごしているようだ。テーブルの真ん中にはあめ玉が置いてある。その奥は少し狭い廊下になっていて奥行きの短いアップライトピアノがある。
この前買ったやつだ。
「これはね、レッスン前におさらいをする熱心な生徒や、練習をしてこなかった生徒が慌てて弾くのよ。実はこのピアノ、衝動買いだったの。見るだけのつもりだったのに」
「ピアノを衝動買いしたの?」「そうよ」と月子は言った。
アップライトピアノを通り過ぎるとパーテーションがあり“たちいり きんし!”と手書きの画用紙が貼ってある。月子はパーテーションをずらし、手招きをして白いドアを開けると階段があった。
「2階にリビングやらキッチンやらがあって、私はここで暮らしているのよ。突然だったからちょっと散らかってるけど気にしないで。寄ってかない?」
月子は足取り軽く階段を上り、僕は遠慮がちに後からついて行った。
2階の部屋に行くと、月子はソファに座るよう言って冷蔵庫に向かった。
「喉が渇いたでしょ? お昼に作ったのが冷えたわ」
と、氷を入れたジャスミンティーを持ってきてくれた。僕は一気にコップの半分を飲んだ。さわやかな初夏の風のような味がした。月子もゴクゴクッと飲み、
「ジャスミンティーは平気だったかしら?」と心配そうな顔をした。
「おいしいよ。ただ、何だか新鮮なんだ。仕事は和服と正座と抹茶づくしだろ? コーヒーが飲みたくなると、ぶるーたすだし。ふかふかのソファに座ってジャスミンティーを飲むとは夢にも思っていなかったよ」
「あら、私だって柳田家の若様からナンパされるとは夢にも思ってなかったわよ?」一緒に笑った。
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