【前回の記事を読む】美人すぎて縁談相手が次々辞退…"行き遅れ"を心配されていた娘・お琴。ある日、常連客から「私の末弟と」と縁談を持ちかけられ…
偲ぶ恋の熱田めぐり
「何かお二人が決めるきっかけがあったのならそれだけは知りたいです」
「彼の末弟の幸せを想う気持ちに私たちと同じものを感じて、だよ」
家族への愛情が共振したのだろうとお琴は考えていた。
「わかりました。先にお伝えした通りお二人が決めたことなら私は問題ありません」
お琴はどんなかたでも相手をたてて添い遂げたい気持ちを十分に持ち合わせていた。たとえ、そこにお琴の意見がなくても決まっていく話で、お琴はそれに従うだけだった。娘の意見など聞かずに勝手に決めて、輿入れしてから相手がたと会うなんてことは珍しくもない。それを考えれば両親は娘想いの良い両親だと言える。
こうして家族三人の話し合いが終わった。後日両家での話し合いをすると聞き、そのまま就寝となった。お琴は静かになった家のさらに奥、こぢんまりとした縁側に座りながら、夜空にひときわ輝く月を眺めていた。
明日も店の仕事があるのだから眠ったほうがいいと思うのだが、どうしても寝付けないでいた。お琴の心は千々に乱れていた。
(良い話なのでしょうけれど……)
実際一度も会ったことがない男性である。後日話し合いをするからといってそのときに末弟本人がいるかは別の話だ。当日はお琴も参加するのかわからないままでもある。
(私が仮にこの縁談に乗り気だとしても相手が乗り気でなければ一緒になることもない)
これまでの縁談がそうだったからといって今回も同じになるとは限らないが、常連客が末弟と夫婦になってもらいたくて縁談話を持ち掛けるにしても本人が望んでいるとは限らない。
(家と家の繋がりでの輿入れもあるけど、今回もそんな感じでしょうか)
お琴は特別自分の幸せを願ってはいないけれど、両親が幸せを願ってくれているならその願いだけは叶えてあげたいと思ってしまう。それほど、両親のことをとても大切に想っていた。それでもお琴も、夢や希望の一つや二つを、抱えて生きている。
これまで誰にも告げたことはないが、三味線屋の一人娘としてそうなれば良いなと思うこともある。ただ、年頃の娘の幸せは〝嫁入り〟だ。両親もそう考えている……。
何度となく繰り返されてきた堂々巡り。
「……もう寝ましょう」
一度下に視線を向けてからお琴はそう呟き立ち上がって自室へと戻っていく。雲一つない夜の空とは対照的にお琴の心の中は曇っていた。
土方為次郎から縁談の話があってから数日が経ち、その間お琴への簡単な確認はあったが、お琴抜きで話が進んでいた。両親の嬉しそうな顔にお琴は半ば諦めていたがその表情を家や仕事中には一切出さなかった。
両親が喜ぶのも無理はない。そもそも土方家といえば【御大盡】と呼ばれる多摩の豪農であったことから、これ以上ないくらい、縁談の相手としては申し分なかった。