為次郎は顔をお琴の両親のほうに真っすぐ向けてゆっくりと話し続けた。為次郎が来るときはお琴が三味線の調律をしていて会う機会のほうが少ないが、その調律の腕、会ったときのお琴の印象はとても良く、為次郎なりに大層気に入っているということだった。
縁談に折り合いがつかない話も聞いていたこともあり、それなら可愛がっている末弟と一緒になってもらいたいと考えていたらしい。為次郎は眼疾のこともあり、生涯独身でいるつもりで兄弟たちを見守っていくことを決めていた。
「私も末弟には幸せになってほしいというのが兄として思っているところでして……」
「土方様……」
為次郎の末弟への想いと両親がお琴を想う気持ちも同じであると思い、両親は一瞬顔を見合わせてから為次郎に真剣な表情を向けた。
「そのお話、謹んでお受けいたします」
両親の言葉に為次郎も喜んだ様子を見せ、お互いに固い握手を交わす。今後の日取りについては後日両家で話し合うことで決めることとし、この日、為次郎はそのまま帰路に就くのであった。両親が為次郎を見送るとこれまで店番をしていたお琴が両親の近くに寄った。
「おとと様、おかか様。長い間話し込んでいたようですが、どんな話でしたの?」
「お前にとって良い話だよ」
両親が〝良い〟と言うならばそれは良い話なのだとお琴は思った。詳しい話は夜に話すということで店の仕事へと三人は戻っていた。いつものように時間が進んでいき、その日の店の営業が終了した。
母は先に夕餉の準備で店の奥に上がっており、店の掃除などはお琴が行い、この日の売上の計算を父が行う。いつも通りの光景である。しばしのときが経ち、三人は店の奥にある居間に移動した。卓袱台にすでに母が作った夕餉が並べられていた。
お琴は掃除で汚れた手を洗い、夕餉の食卓についた。食事のときは話をせず静かに食べるようにしていた。少し時間が過ぎ、夕餉の片付けも終わった後、三人が卓袱台の前に並ぶ。お琴と卓袱台を挟んで両親が座っている。
「土方様から縁談の申込があった。相手は土方様の末弟とのことだ」
「縁談ですか……」
お琴は少し複雑そうな顔をした。その表情を見て、両親は顔を見合わせたが、すぐにお琴を見つめた。
「今までのこともあるから心配になるのもわかるが、こちらとしては受けるつもりだ」
「おとと様とおかか様が決めたことなら私は何も。ですが……」
すでに決めたことであればお琴が意見したところで覆せるわけでない。ただ、これまでの縁談が輿入れになるまでには至っていなかったことを理由に両親はしばらくお琴に縁談話を持ってこなかった。しかしどうしてこの話は受けたのだろうかと、お琴はそれが気になった。
次回更新は10月22日(木)、20時の予定です。
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