囲炉裏の火に照らされた離れの部屋で、2人は重なり合った。藤堂さんの手は優しく丁寧だった。よし子の体の隅々まで大切にするように触れた。

「こんな気持ち……もう二度とないと思ってた」

よし子が囁くと、藤堂さんは額に唇を落とした。

「僕もです」

窓の外は夜の闇に包まれていた。遠くで沢の水が流れる音だけが聞こえる。2人の体温だけが、小さな離れの中に満ちていた。

ふと、藤堂さんが身を起こし、よし子の顔を覗き込んだ。囲炉裏の灯りに照らされたその瞳が、真っすぐにこちらを見ている。

「よし子さん。——雅彦、と呼んでくれませんか」

「え——」

「『藤堂さん』では、まだ距離がある気がして。名前で呼んでほしい」

胸が震えた。名前を呼ぶということは、雇い主と従業員の線を越えるということだ。でも、もうとっくに越えている。

「……雅彦」

声に出すと、その響きが胸にまっすぐ沁みた。藤堂さん、ではなく——雅彦。たった数文字の違いなのに、急に距離が縮まった気がした。

雅彦がふっと笑った。嬉しそうな、照れたような笑顔だった。

(笑顔がこんなに可愛い人だったんだ)

「もう1回」

「……雅彦」

雅彦はよし子の手を取り、胸元に引き寄せた。心臓の音が伝わってくる。自分のと同じくらい早く脈を打っていた。

正志、ごめんなさい。心の中でそう呟いた。でも、もう1人で生きていくのは寂しすぎた。

雅彦の腕の中で目を閉じると、長い長い夜が始まった。

 

「ひとりの夜に、こっそり読みたい大人の恋愛ピックアップ」の次回更新は9月11日(金)、22時の予定です。

▶この話の続きを読む
2人で迎えた初めての朝…「どこ行くの」彼の低い声が耳元で響いて、背筋に甘い痺れが走る。「もう少しだけ」と抱き寄せられ…

▶GLO限定企画『もっと深く、もっと激しく――大人の恋愛ピックアップ ここから先は、GLOだけ。』9月16日(水)〜25日(金)全10夜、毎晩22時配信!
特集ページはこちら↓
この先は、大人だけが知る秘密の時間――。誰にも見せない、ふたりだけの夜。理性では止められないほど求め合う、大人の恋の続きを毎晩22時、ひとつずつ公開します