それにしても、どうして彼はあんなにも私に丁寧で、やさしかったのか。記憶をたどってみるが、これといった理由は私には分からなかった。単に性格や性質のせいだったのだろうか。あるいはひょっとして、どこかの誰かから影響を受けてのことだったのか。

ふと、彼が好きだったミュージシャンの曲を思い出した。

確かCDか何かが家の中にあったはずだ。探してみよう。

棚の中を探すと、すぐにDVDのパッケージが見つかった。

私は指先に力を入れてそれを開く。

パッケージの中には銀色のディスクと付属の冊子が入っていた。

そしてその他に、手紙が一通、入っていたのだった。

***

最初に話しかけてきたのは彼のほうだった。

後になって、なぜあのとき私に話しかけてきたのかを聞くと、彼は普段の明朗快活さとは打って変わって言葉少なになった。

「あんたは嫌うかもしれんけど、あんたの顔を見てたら、なんとなくな」

「顔が好みっていうこと?」

「まぁそういうことや。あと表情が何か気になって」

「表情?」

「それにしても心臓やばかったわ。ばくばくやったで」

珍しく彼は話題をそらそうとした。

「普通あんなこと言わないよね? 通報されるかも、とか思わなかったの?」

「そのときはそのときやし、別に違法行為とかではないし」

彼に誘われて何度かデートをしたけれど、長くは続かないというのが私の予想だった。

当時の私は悩みを抱えていた。

誰かと体の関係を持つことができなくて、付き合うことになった人に頭を下げて謝って別れてもらうという、身勝手ともいえるおこないを繰り返していたのだ。

付き合い始めたときには今度こそと決心していても、いざとなると体が拒絶してしまう。一言で表現するなら、男の人が怖かった。

だから彼がどうしてもと言っても、どうにかしようがあるとは思えなかった。

無理なものは無理なので、今回も別れてもらうしかない。過去に少しだけ付き合った人たちとも、そうしてお別れしてきた。この人も同じだというだけの話だ。私は彼に謝罪をして、別れを切り出した。

数時間後、まるで漫画か何かのワンシーンみたいに、彼は私に向かって手を合わせて拝むような格好をしていた。

「見るだけ! 見るだけやから! ホンマに!」

というか、拝んでいる。両手をじわじわと上に向かってせり上がらせている。

私は呆れた顔をしていたに違いない。

「そんなの信じる人がいるの? どうせ途中で気が変わったとか言うのでしょう?」

「信じてもらうしか、あれへん。ホンマのホンマやから」

「でも」

「あんたは何もしなくていいから! ただ、俺のことを見てるだけでいいから!」

返事ができずに私は考え込んでしまう。

先刻から彼は、私と性行為をしなくてもかまわないから、彼が一人でしているところを私に見ていてほしいと頼んで、私のことを拝んでいるのだった。人前でできる話ではないからと、近くにあったホテルの一室に場所を移して。

「俺が一人でするところを見るのは無理か?」

「うん、無理」

「それなら、服を脱ぐだけでいいから」

「脱ぐって、全部?」

「下着になるだけで十分や」

「下着は、自信ないかも」

「上だけとか下だけとかは?」

「うーん、上だけなら」

私は着ていた服のすそを指でつまんで、思い切って一息に脱いだ。

実際のところ、それ以上の要求をしないという彼の言葉を試してみたい気分ではあったかもしれない。何時間も粘られて、少々やけになっていた。

 

▶この話の続きを読む
さっきまで履いていた私のショーツを、彼が突然手に取った…顔の近くまで持ち上げると「ちうー」と吸い始め……

👉『バニーガールの夜』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】見つめながら、触れたいという不思議な感情が芽生えた。あの人の体に、頬に、髪に、唇に。緊張感のない弛緩しきった肉体は、無警戒な心そのものだった。

 

ゴールドライフオンライン(GLO)は、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン(GLO)編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp