はじめに──辞めなくても、人生は変えられる

コンビニで買った弁当を机に置き、何気なく新聞を開いたあの夜のことは、今でも妙に記憶に鮮明に残っています。

まだ少し温かさの残るプラスチック容器からは、かすかな湯気が立ち上り、電子レンジの余熱と醤油の匂いが、どこか生活感のある空気として部屋全体にゆっくりと広がっていました。

社宅の部屋はいつも通り静かでしたが、その静けさは単なる無音ではなく、どこか自分の内面と向き合わされるような、不思議な重さを伴っていたように感じます。

壁は決して厚くはなく、普段であれば隣室の生活音がかすかに伝わってくるはずなのに、その夜に限ってはなぜか音がなく、余計に自分の思考だけが浮き彫りになっていきました。

仕事を終えて帰宅し、ネクタイを緩め、上着を椅子にかける──そんな一連の動作も、これまで何度繰り返してきたのかわからないほど日常に溶け込んでいましたが、その日はなぜか、すべてが少しだけ“作業”のように感じられました。

テーブルの上には、読みかけの書類と、立ち上げかけたままのパソコンがあり、やるべきことは確かに残っていたにもかかわらず、不思議なほど手を伸ばす気にはなれませんでした。

特別な出来事があったわけではありません。誰かに叱責されたわけでも、大きな失敗をしたわけでもありません。それでも、そのとき、ふと手が止まりました。

書類をめくろうとした指が、そのまま宙で静止し、次の動作に移ることができなくなったのです。理由を言葉にすることはできませんでした。ほんのわずかな違和感、ほんの小さな引っかかりに過ぎなかったはずなのに、それが妙に気になり、頭の中から離れなくなっていきました。

「このまま、会社員を続けていて本当に大丈夫なのだろうか」

仕事にも慣れ、収入も安定し始めた頃、多くの人が一度はこうした問いに直面するのではないでしょうか。私自身もまた、その問いから逃れることができなかった一人でした。

今の仕事が嫌いなわけではなく、生活に困っているわけでもない。それでもなお、どこかに消えることのない違和感が残り続け、この延長線上に本当に自分が望む人生があるのかどうかに、確信を持つことができませんでした。

本書は、そうした問いを抱えながら会社員としてのキャリアを歩んできた一人の人間が、試行錯誤と葛藤を重ねる中で、自分なりの答えにたどり着くまでの過程を記録したものです。

特定の誰かだけに向けて書いたものではありませんが、あえて中心となる読者像を挙げるとすれば、まずは年収700万円前後の安定した収入を得ながらも、将来に対して言葉にしづらい不安を抱えている40代の会社員の方が思い浮かびます。

すでに投資を始めているものの、このまま続けることで本当に自由に近づけるのか、そもそも自分にとってのゴールがどこにあるのかが見えず、どこか手応えを持てないまま日々を過ごしている方です。

また、人生の折り返し地点を過ぎ、定年後の生活や働き方について現実的な不安を感じ始めている50代後半の会社員の方にとっても、本書は一つの視点を提供できるのではないかと考えています。

このまま会社に依存し続けることへの違和感と、今からでも何かを変えたいという思いの間で揺れ動いている方にとって、本書の内容が一つのヒントになれば幸いです。