序文

海南市長 神出(じんで) 政巳(まさみ)

海南市の地名が初めて歴史書に登場するのは、『日本書紀』に記された有間皇子(ありまのみこ)の記述とされています。日本書紀巻第二十六には〈庚寅(かのえとら)遣(つかはして)丹比小沢連(たじひのをざわのむらじ)国襲(くにそ)絞(くびらしむ)有間皇子於藤白坂……〉と記されています。

海南市の歴史は、この有間皇子の物語から始まったと言っても過言ではありません。本市を縦断する熊野参詣道は、藤白を過ぎると紀伊半島の山々が連なり、熊野三山に至るまで厳しい山道が続きます。

藤白の地は、まさしく熊野聖域への入口として古くから認識されてきました。熊野参詣道沿いに設けられた王子社の中でも特に格式が高いとされる藤白王子(ふじしろおうじ)(藤白神社)から藤白坂を進んだ傍らには、有間皇子墓地伝承地があります。

「家にあれば 笥(け)に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る」

これは、有間皇子が詠んだ歌で、『万葉集』にも収められており、当地には歌碑があります。今でも多くの方々が当地を訪れ、往時の古代ロマンに思いを馳せています。

著者の宮尾文也氏は、平成二九年から令和七年までの二期八年、海南市の代表監査委員を務められ、本業の税理士として多忙な毎日を過ごされる中でも、有間皇子についての研究を積み重ねられてきました。

また、本書だけでなく、難しいイメージのある古代史を、幅広い世代の方に、わかり易く伝えるため、有間皇子にまつわる歌やアニメーション動画を自ら制作しソーシャル・ネットワーキング・サービスに投稿するなど、有間皇子の歴史を広める多彩な活動に取り組まれています。

本書が多くの方々に愛読され、全国の皆さまにも、歴史ロマンあふれる海南市を訪れていただくきっかけとなることを心から願っています。

令和八年七月吉日