高畑は私に優しくしようとしていた。それがまた滑稽だった。罪悪感の裏返しか、『力で奪った』わけじゃないと思いたいのか。どちらにせよ、優しさのふりで自分の行為を塗り替えようとする心理だ。47年間生きてきてそれか。人間が自分に都合のいいナラティブを作る速度というのは本当に速い。リアルタイムで書き換えていく。

自分を悪人にしたくないから、善人のパーツを後付けで貼り付ける。その貼り付け作業を今夜で終わらせてやる。そんな独りよがりの幻想にドロップキックかましてやるわ。

終わった後、高畑は弛緩した顔をしていた。全てが終わったと思っている顔だ。満足した生き物の顔だ。それはそれは間抜けな顔をしていた。

私はバッグに手を伸ばした。そして、レコーダを取り出し、テーブルの上に、静かに置いた。

高畑が目を細めた。意味の理解が0.5秒遅れた。部屋の空調の音だけがした。

高級ホテルの空調は静かだ。入室の際に「こんなの初めて」と言ってやったら、高畑はたいそう喜んだ。沈黙がよく聞こえた。

その沈黙の中で、高畑の顔から血の気が引いていくのを、私は観察した。人間の顔というのは正直だ。怒りと恐怖が混ざると、どういう色になるか。ちゃんとメモしておく価値がある。今後役に立つかもしれない。

「何のつもりだ?」

声が低くなった。怒りと恐怖が混ざった声。今は怒りが7で恐怖が3だろう。でも時間が経てば逆転する。私はそれを知っているから、焦らない。じっくりなぶる。私の手のひらで踊るのをじっくり楽しませてもらおうと思う。

「別に」私はレコーダーを手に取った。

「保険みたいなものです」

「保険?」

「高畑さん、奥さんいますよね。お子さんも2人」

こっちをギョッと見る。ギョッとした顔も記録しておく。なかなか見られない顔だ。

「SNS、拝見しました。素敵なご家族ですね。クリスマスのケーキ、お子さんが嬉しそうで」

高畑の喉が動いた。

「あと、高畑さんが勤めてる会社、コンプライアンス部署、最近できたって聞きました。採用ページに書いてありましたよ。ハラスメント対応に力を入れてるって。素晴らしい取り組みだと思います」

「脅すつもりか?」

「脅す」という言葉を使ったのは高畑の方だ。私は一度もその言葉を使っていない。これも録音に入っている。

次回更新は8月11日(火)、16時の予定です。

 

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