はじめに
「親を嫌ってもいいですか?」。ある日の精神科の相談室で、70代の女性は来室するなりいきなりそう切り出しました。その女性、Zさんは元教師で、当時としては働く女性のパイオニアでした。知的でキャリアもあり、世間でも認められていた存在でしたが、言い放った言葉は強烈で意外なものでした。
筆者は職業柄、心に悩みを抱える多くの人のお話を聞いてきました。一人ひとりの物語は皆違いますが、語られる内容の多くに共通しているテーマがあることを痛感しています。それは親子関係です。
つらい幼少期を過ごした過去を持つ少なからぬ人々の物語は、私たちの想像をはるかに超えます。それは、今まで語られなかった、語れなかった物語、心の奥にしまい込まれ、なかったことになっていた物語です。
Zさんによれば、100歳近い母親は介護施設に入っているとのことですが、「母親に何もしないでくれとお願いしているんですけど、良い施設で、衰弱すると一生懸命にスタッフさんがかかわって、栄養もとれるようにしてくれ、母親を元気にしてくれるんです。頼んでないのに」と顔をゆがめて訴えます。そして、「母親を嫌ってもいいでしょうか」とZさんは尋ねました。
Zさんのように、世の中では意外と多くの人が長年親子関係の問題で悩んでいます。子どもの立場としてだけでなく、親の立場としてもそれぞれが悩んでいます。
親子関係のもつれは神話や歴史の中にも様々なエピソードがありますが、その背景には親が自分の立場を守ろうとする思惑や権力争い、親が子どもを自己実現の手段として利用することなどがあります。
主に父親と子どもの関係でのもつれが多いようですが、母性の欠如としては、自分の産んだ子どもを殺した則天武后やギリシア神話のメーディアなどの話があります。これらの根底に親子の情があるかと言えばそうではなく、ないからこそそのようなことが起きると言えます。
代理によるミュンヒハウゼン症候群というものがあります。これは主に母親が自分の子どもを病気にし、その病気の治療のために母親が奔走するのですが、その病気を治す治療をきちんとするのかと言えばそうではなく、治療が始まりそうになると、あるいは治りそうになると、難癖をつけて病院を変えたり、治療を中断し、病気が治らないようにする、ある種の虐待です。