【前回の記事を読む】「必要とされたい、求められたい」…愛情を知らずに育った少女が、男たちの欲望まで利用した理由は……
8.THE WORLD IS MINE
K大学の入学式は、雨だった。
桜が散るには少し早くて、でも満開かといえばそうでもない。中途半端なピンクが雨粒に叩かれてぬかるんでいた。絶妙に残念な景色だ。きっと入学式の写真映えのために天気予報と桜の開花予報を必死ににらんだ人間がいるだろう。
そして、その人間は今日の天気予報を呪っていると思う。ご愁傷様。その呪いの言葉が届くかどうかは知らないが、気象庁の職員は今日もきっと定時で帰っている。
傘を差した新入生が広場に群れている。傘のブランドで大体の家庭環境がわかる。
アウトドアメーカーの機能系は地方出身の真面目枠。ビニール傘はギリギリまで準備ができない詰めの甘い人間。ブランド物は親の財布で生きている温室育ちの証明書。骨が折れたまま気合いで差してる奴は意地っ張りの貧乏性。
人間というのは傘1本でここまで自白する。セキュリティがガバガバにも程がある。ありがたく読ませてもらう。
式典は、壇上で何やら偉そうな老人が人生訓を垂れ流していた。
「君たちには未来がある」「挑戦をし続けろ」
安っぽい自己啓発本の帯コピーみたいな言葉をそのまま読み上げているだけ。あなたが今まで壇上で言った言葉で人生が変わった人間が、過去に1人でもいたのか聞いてみたい。
早々にスピーチへ意識のリソースを割くのをやめた。隣に座った女の子の靴が可愛かったのでどこで買ったか考えていた。そっちの方が私にとっては実利がある。
靴の観察は程々にして、私はなんとなく会場に詰めかける人間をスキャンしていた。当たり前だが、1学年の学生数が5000人以上のこの学校で、全員を隈なくスキャンしようとすると4年という微々たる時間では足りないし、途方もない作業すぎる。
まあやったとしても最終的に出てくる答えは「人間ってだいたい同じだな」だろうが。
大学というのは、高校とは別の種類のゲームだ。
高校のゲームは単純だった。
クラスという密室、同学年という横軸、先生という絶対的な縦軸。そのなかで最上位のポジションを取るだけ。ルールが単純なゲームは、攻略が単純だ。
だが一変して、大学のゲームは複雑性を増す。
クラスという密室がない。サークル、ゼミ、バイト、学部、SNS。複数のコミュニティが並列に存在して、それぞれにヒエラルキーがある。ヒエラルキーはコミュニティによって基準が違う。あるコミュニティで通貨として機能するものが、別のコミュニティではただのゴミになる。
でも大丈夫。大学という場所は高校と違ってリサーチの材料が最初から豊富に転がっている。