昼食を一緒に食べるようになった。休み時間に話すようになった。放課後に少し寄り道するようになった。3ヶ月もすれば、私は自然な形でそのグループの一員になっていた。
自然な形。笑えるだろう。何も自然じゃない。全部設計図通りだ。
ただ、設計図を実行しながら時々、想定外の感覚が来ることがあった。
八田が何か馬鹿みたいなことを言って、全員で笑った瞬間。給食のデザートが当たりで騒いだ時。帰り道、誰かの自転車のかごに鞄を放り込んで坂を下った夕方。そういう瞬間に、胸の奥の、本当に奥の方で何かがほのかに温まるような感覚があった。
それはこの13年か14年の人生の中で当たり前に育めるような経験かもしれない。だが、私にはそれがなかった。
物心ついた瞬間には財力と保護者力と遺伝子で決まるバトルに放り投げられていた。受験戦争という名の最悪なバトルの一員だった。そして、その成果が実った先でも詰られて学校へ行けなくなった。だからといって無償の愛は得られなかった。
あの人は最高級の鞭でビシバシと子供をしばいた後、舐めかけの飴を私の顔に向かって吐き捨てるような教育法だった。だからこそ、この経験がどうしようもなく心地よく、朗らかな気分になった。
だが、その感情はすぐに消した。
感情は隙になる。温かさは油断を生む。油断は崩壊の入り口だ。私はその感覚を感じるたびに、意識的に心の外側に押しやった。見なかったことにした。なかったことにした。
私が欲しいのは友情ではない。ないと思う。
居場所だ。
居場所を確保するための人間関係であって、人間関係そのものではない。この区別を、私は常に明確に保つ必要があった。混同した瞬間に、私はまた脆くなる。脆くなった私が何に変えられるか、もう十分に思い知っている。
そして、標的の話をしなければならない。
私は居場所を手に入れた。次に必要なのは、その居場所の安定化だ。人間関係における自分のポジションを固定化し、できれば底上げする。その手段として、私が選んだのが、標的だった。
これはO中学でいじめられていた私が選ぶべきことではなかった。倫理的に言えば。でも倫理は腹を満たさない。心を満たさない。
倫理は布団の中で天井を見ながら泣いている私を、一度も助けに来なかった。道徳の教科書に書いてある通りに動いた人間が報われた例を、私は1つも知らない。
だから私は倫理より生存を選んだ。それだけの話だ。
次回更新は7月20日(月)、16時の予定です。
【イチオシ記事】「何も気づかなくてすみません…」彼はそう言って、彼女の唇を何度もついばんだ。だが胸が高鳴ったのは、キスのせいだけではなく……
【注目記事】2年間続いた不倫関係…飲みの席で発覚したのは、“自分はセフレでしかなかった”という事実。相手の男は他にも2人の女性と関係を持っていて…
ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp