ユメジ
プロローグ
199X年夏
その場所は境界線が無い景色だった。絶えず表面が揺らぎ、規則的な音がその存在を知らせている。その中を、幼い男の子がはしゃぎ声をあげて迷うことなく進んでいく。
「独りで行かないよ!」と母親は心配そうに叫ぶ。「おかあさん、足がつかない所に行けないから!」男の子がよろめいた瞬間、慌てて駆け出して救い出した。
「パシッ」というヒビが入った様な音でシャッターが切れる音がした。
「こんな所写真に撮らないでよー! 余裕ないんだから!」と母親が文句を言いながら引き上げてくる。男の子は得意そうに微笑んで言った。「見て! これ拾った!」手のひらには小さく光る欠片が納まっていて、父親が少し驚いた顔をした。―「それは想い出だね」と呟いた。
―「初めての海」
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200X年東京江東区。
空は灰色の圧迫するような雲で覆われて、雨が激しく地面を打っている。グラウンドの土と混ざり泥を蓄積していた。隅田川は濁った水を流している。傘を差して目的地に向かうため、表情はわからない。ため息の気配だけが澱んだ空気の中に溶けていく。遅れないかを気にして歩く足取りは、一刻もその場から離れたくて同じ影の下にあった。
「ちょっと先も見えない、光が差せばいいのに」と。家の窓硝子が雨で滲んで、内側から弱弱しく電気が灯る。その灯りが消えると雨音も遠のく。視界が暗くなると、ぼんやりといつもの光景が思い浮かぶ、コインの裏表の様に。
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心の奥に小さいころからずっと棲みついている人がいる。年はおれより四・五歳は離れていると思う。おれの成長に合わせてそいつも年を取っていく様であったが、着ている服はおれが小さいころから変わらなかった。白いシャツに白いズボンを履いていた。青年はユメジといった。
ここまで聞くと、「この人、少し妄想癖があるんじゃないの」とか、「ちょっと変わっている」と距離を置かれるのかもしれない。
けれど、ユメジはおれが勝手に作りあげた想像上の人間なんかじゃない。おれが夢を見るころには、もう心の中に存在していたのだ。