四
高倉が着任した時点では前社長はすでに会社を去っていたので、何の引き継ぎも受けていない。
「秋山君、君はそれを知っていたのか?」
あえて抑えた声で聞いた。
「毎月の経理報告書に長期未回収売掛金として出てきますので知ってました」
「それで注意はしなかったのか」
「私は日本の七洋商事からの派遣者として、この現地法人に在籍しているだけで何の権限もありません。そんな私の言うことを聞いてくれるような相手ではありません。だから注意しても無駄ですから何もしていません」
と、秋山は開き直ったように答えた。
南アフリカのみならず欧米でも、現地白人幹部は自分の立場を左右する権限を持った人間以外は適当にあしらう傾向がある。それは過去の高倉の様々な国への駐在経験で理解していた。だからといって見過ごして良いというものではない。
「たとえ相手が聞く耳を持たないとしても、親会社からの派遣者として注意はすべきだろう。ボディーブローとしてじわじわ効いてくるはずだ。もし効いてこないとしたら救いようがない」
秋山はしゅんとしてじっと下を見ていたが、高倉は続けた。
「よし、わかった。あさって月曜日の役員会は、このモザンビークの不良債権問題に集中しよう。それから、君はこれから私の補佐役として経営管理データを逐一私に報告して欲しい」
それを聞いて秋山は、顔を上げてニコッとした。クビになるとでも思っていたのだろうか。
「はい、わかりました。精一杯やらせて頂きます」
力強く言った。
「頼むぞ。ところで、そのモザンビークのマドールタイヤを見ておきたい。月曜の役員会の後に、出来るだけ早く出張したいので調整してくれ。モザンビーク以外の周辺国事業については別途あらためて説明を聞くことにして、先ずはマドールタイヤ問題を片づけることだ」
高倉は本件は一刻の猶予も許されない課題だと再認識して、秋山に指示した。
「わかりました。それならば担当マネージャーであるシェーン・ネッスルにも役員会に特別に出席させましょうか?」
「ああ、そうしてくれ」
秋山はすぐにシェーンに電話するために席を外した。アクションが早い。
打ち合わせが一段落したところで、高倉はスパゲティ・ナポリタン、秋山は肉料理をメインとしてオーダーした。
麺をスプーンの上でフォークでくるくるとまわしながら、
「スパゲティは向こうではメインディッシュではないけど、おれはこれで充分だ。ナポリタンを食うと、欧州駐在時代にナポリに行った時のことを思い出すよ。だいぶ前のことだけど」