「何があったんですか」

「うん、ナポリの海岸のレストランで、わざとスパゲティ・ボロネーゼをオーダーした。するとウエイターが『お客さん、ここはナポリだ、北のボローニャじゃないぞ。スパゲティ・アッラ・ナポレターナと言うんだ』と怒ったね。ふざけたおれが悪かった」

「なるほど、やっぱり地元のメニューに誇りを持ってるんですね」
秋山が感心していると、

「ナポリは特別のようだな。ところでナポリのすぐ近くにポンペイという町があるんだよ、というか、あったんだよ」
「ああ、ポンペイは有名ですね」

紀元七九年にベスビオ火山が爆発し、火山灰と火砕流で一瞬のうちにポンペイという町全体が埋まってしまった。それが発掘されたのは爆発から一七〇〇年後の十八世紀である。

「完全に埋まってしまったから、ローマ時代の町そのものがそのまま残っているのがすごいよ。この時に聞いたジョークが一つあるんだけど」

高倉がそう言うと、秋山はますます興味を示した。
「え、何ですか、聞きたいです」

「第二次大戦のあとにアメリカ人がイタリーに旅行したんだ。最初にローマを訪れて『うーん、イタリーはまだ復興していないな』と言った。そのあとポンペイへ飛んで『何だこれは……ちょっとやりすぎたな』と頭を抱えたんだよ」

「それはいかにもアメリカ人を表わしていますね。面白い」
と秋山はげらげらと笑った。まわりの客がまた二人を見た。

「そうだな。アメリカ人には悪いけど、ちょっと前までは彼らにはアメリカが世界であり、その周りのことや歴史は知らないというイメージがあったのは確かだな」

と言いながら、高倉はふと我に返った。

「さて冗談を言っている場合ではない。さあ、月曜日から勝負だ」

二人はモールを後にして、緊張を強いられる外の世界へ戻った。