色褪せた背表紙を無意味に指でなぞりながら重々しい溜め息を吐く。嫌なことを思い出してしまった。

ずらりと並べられた本の中には海底都市を舞台とした作品も数多くあり、そこでは海洋生物と時に共存し、時に対立しながら生活を営む人間の姿が“if”の話として書かれている。

煌びやかな繁華街が海に沈んで廃れてゆく描写なんかは悪くない。窓ガラスが割れ、かつて煌々とした光を放っていたネオンに海藻が絡みついている様子が目に浮かぶよう……というか、海と地上とを繋ぐガラス張りのトンネルに一歩足を踏み入れればその景色は実際に目にすることができたし、特段珍しいものでもなかった。

その証拠に図書館のロビーの大きな窓からは、崩れかかった石造りの教会の周りにびっしり生えたテングサとはるか昔の難破船の廃材なんかが一緒に見える。

しかし現実は共存だなんて美しいものではなく、対立と呼ぶにはあまりにも低俗で救いようのないものだった。

二一XX年、地球温暖化をはじめとする異常気象、それに伴う海面の上昇は一向に止まる気配を見せず、約二十年前に東京のおよそ三分の一も海に飲み込まれた。加えて、急激な人口増加により地上は人間がほとんど飽和状態になり、食料や資源はおろか住む場所すら不足していた。

激化する各国の資源争いと国土の奪い合いの末に、追い詰められた人々が目をつけたのは海だった。

地上の資源はほとんど取り尽くされてしまったが、海にはまだまだ未知の資源と豊かな生命で溢れているから開発すれば人が住むことだってできるかもしれない

……そうしてとんとん拍子に決まった“海底都市化計画”及び“国民の海底移住計画”は約十年の月日をかけて実現されて、かつて太陽の下にあった街並みは、人には強くなりすぎた日差しに照らされ煌めく水面に覆われた。

薄く頑丈なガラスと海水の二重のフィルターを通して届く日光と月光はいつだって青色を帯びている。透き通る光に照らされた景色が恋しい。しかし夏の地上は暑すぎるし、かといって冬は寒すぎてとても生身の人間が安易に踏み入れられるような場所ではない。

かつての地上の街はそのほとんどが今もそのまま残されて、大体は管理が行き届いておらず廃墟と化していた。

夏と冬の境目の、過ごしやすい気候になるほんの数日間は人間も地上で快適に過ごすことができるが、空っぽの抜け殻となった地上に訪れる意味も必要も、もはや存在しない。

そういうわけでユウキが地上への愛と思い出や憧れを口にすると、クラスメイトや教師はおろか、両親でさえ「変わった子だ」と半ば呆れたような顔をするのだった。

 

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