その祖父が、自らの従軍の記録を書き記していたと知ったのは、1999年に祖父が亡くなった後でした。
2022年に亡くなった私の父は生前、祖父の従軍記である「中支戦記」の存在を、松橋の実家への帰省中に仏壇の整理をしている時に知ったようです。
祖父はそれを仏壇に大切に保管しており、家から持ち出すことを決して許さなかったそうです。400字詰めの原稿用紙で五百枚を超える膨大な手記でした。
祖父が亡くなった後、この膨大な戦記をどうするべきか、父と何度も話し合いました。当時主流だったワープロでデータに残そうと何度も挑戦しましたが、翻刻(手書きの原稿をデジタルデータにすること)は思いのほか大変な作業で、いつも数枚で挫折しました。パソコンでも同様でした。
そんなことを繰り返していた2016年、もう埒が明かないので、とにかく市ヶ谷の陸上自衛隊の本部に父が相談に行ってみようという話になりました。
それが奇跡の始まりで、奇しくも祖父の命日の直前でした。市ヶ谷の自衛隊本部では、受付の係官が耳の遠い方で、父が何度も大きな声で事情を説明したものの、結局そこでは力になってもらえないと告げられました。
途方に暮れた父が、肩を落として帰ろうとした時でした。