「まあ、そう……」

母は不満そうだった。学生の頃、一度静子を家に連れてきたことがあった。父はよく分からないが、母はあまり静子が好きではないようだった。理由は高卒で片親だかららしい。しかしまあ、誰を連れてきても大差ないだろう。

優人は階段を上って自室に入った。二階には優人と正人の部屋しかない。今日正人はいない、優人は少しばかりほっとした。しかし、あの堅物の兄貴が……一体どんな女なのか。まあ、そこまで興味のあることでもなかった。嫁となる女よりもうすぐ家から正人がいなくなることの方が重要だ。優人は鼻歌交じりに風呂の準備にかかった。

月に一回だけ貰える土曜休みの前夜、久しぶりに夜の演奏を聴こうと、優人は仲のいい男の同僚と静子の勤め先に向かった。同僚の永村が言った。

「そう言えばさ、久居いるじゃん、久居みどり。もうすぐ異動らしいよ」

「え、そうなの?」

「うん、ほら本牧店、二人も辞めるんだってさ。一人はおめでたらしい。もう一人はなんか上と揉めたみたいだ」

「へー……いつかな?」

レストランの重い扉を開けると、一気に華やかな雰囲気に包まれる。

「来月みたいだな。あれ、混んでるな」

「ふーん……」

みどりが異動ね……本牧なら家からそう遠くもないし、別の店舗の方が誰かに見つかる心配がなくて都合がいいかも知れない。

「おい田野、静子ちゃんいたよ、あっち」

レストランの入り口から、静子の姿は見えたが遠かった。近くにいた別のスタッフが声をかける。

「いらっしゃいませ田野さん、久しぶりじゃないですか、お友達ですか?」

「うん、セールとかちょっと忙しくて。金曜はやっぱり混んでるね。座れる?」