真剣な表情を作って訴える。今日の柊はベテラン俳優か腕利きの詐欺師だった。

目を泳がせながら東雲は頭の中でどうすべきか考えていた。間髪入れずに柊が続ける。「内部通報窓口の運用記録、特命の稟議経路、与信の承認変更――加納副社長が最後に整理していた部分です。数字の裏打ちを確認させてください」

「……まあ、いいだろう。ただ、今は忙しいから、総務に回しておいてくれたまえ」この会社で〝総務に回す〟は時間稼ぎの常套句(じょうとうく)だ。

だが今日の狙いは別にある。東雲はおそらく加納が何を調べていたのかは知らない。なのに、加納の存在をなかったことにしようとしている。それは、誰かの指示に従っているだけ、ということだ。尊大な独裁者も一皮むけば誰かの操り人形にすぎない。東雲が煙草を灰皿に押し付けて揉み消すのを潮に、柊は挨拶をして社長室をあとにした。

今時珍しく愛煙家の多い会社であるが、2020年4月の改正健康増進法の施行に伴い分煙を徹底している。

役員室には全室に空気清浄機が備えられて喫煙可なのだが、誰もが利用できる喫煙室のまるで高級クラブのような豪華な内装が気に入って、入り浸っている者もいる。ガラス張りの喫煙室の中に目当ての人物を見つけた柊は、軽くノックしてから足を踏み入れた。

東雲の長男・一馬(かずま)だ。33歳にして関東エナジー開発の執行役員。若い社員は人気グループをもじって「三代目御曹司」と呼んでいる。

彼の人生のすべては、父・東雲浩太郎が敷いたレールの上だった。一馬は、そのレールから一度も外れたことがない。進学、就職、昇進――何もかもが順調すぎるほどに整えられていた。

業界特有の威勢のいい連中に囲まれて育ったせいか、争い事は苦手でいつも周囲の空気を過剰に読んでしまう。その性格は、豪胆で押しの強い父とは正反対だ。線が細く、顔立ちもどこか中性的で、まるであの国民的スケート王子のような繊細さがある。

社内では毎晩のように会食や酒席が繰り広げられるが、一馬は酒が苦手だった。それを悟られまいと、あるいは気疲れを紛らわすためか、彼はかなりのヘビースモーカーになっていた。煙草だけが、彼にとっての〝男らしさ〟のよりどころなのかもしれない。根はやさしいが、そのやさしさが時に無理な平静を演じさせる。ふとした瞬間、視線をそらす仕草や、口元に浮かぶ乾いた笑みの奥に、彼なりの突っ張りと葛藤が見え隠れしていた。

次回更新は5月8日(金)、8時の予定です。

 

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