気持ちを悟られないよう、柊は軽く頭を下げる。男も会釈を返し、歩を進める。
「柊さん、どうかなさいましたか?」
「あ、いや、なんでも……」
訝(いぶか)し気に見る秘書に言葉を濁し、柊は応接室のドアをノックして扉を開いた。
「今度、福島営業所のリフォームが決まってね。今日はその業者選定の意見を聞きたくて取引先の方に来てもらってたんだ。まあ座ったらどうだね」
東雲は上機嫌で柊に席を勧める。あの客の正体を聞き出そうとした柊の問いははぐらかされてしまった。東雲に従い、柊は応接スペースのソファに腰を下ろす。
東雲はその前の席にドスンと腰かけ、煙草に火を点ける。同時に空気清浄機がかすかな音を立てて回りだし、東雲が吐き出した煙を吸い寄せていく。
関東エナジー開発二代目社長、東雲浩太郎。白髪を丹念に撫(な)でつけ、仕立てのいいグレーのスーツをまとっている。頰はてらてらと脂ぎって光り、60歳とは思えぬほど艶めいている。夜ごと銀座界隈のソファで高価な酒を空け、接待を〝帝王の仕事〟と信じて疑わない。
父が創業した「東雲開発」を「関東エナジー開発」と名を変え、業態を拡大させたのも、M&Aを主導したのも、先代とともに支えてくれた取締役たちの功績だった。しかし、世代交代のタイミングで優秀な幹部たちも定年を迎え、残されたのは裸の王と肥大化した組織だけとなった。
どこの企業も二代目問題は避けられない。継承はできても承継に問題が出てくるものだ。この会社も問題はたくさんあったが、次世代エネルギー事業に力を入れてからは不思議と業績だけは好調だった。
次回更新は5月7日(木)、8時の予定です。
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