【前回記事を読む】大手企業会長が引っかかった…ある男に言われるまま“最新流通システム”に多額の出資。結果その“システム社”はきれいに夜逃げし…
第2章 粛清
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「しかも厄介なのは、あいつらは正面玄関から『正義のビジネス』の顔をして近づいてくることだ。コンプライアンスやSDなんとかって今流行(はや)りの言葉を盾にしてな。その裏にある毒に気づけず、違和感をスルーしちまった組織は、その瞬間にチェックメイト――もう詰んでんだよ」
保常の言葉は、カビ臭い古書店主の昔話などではなかった。今この瞬間、広尾の高級マンションや、大手町の会議室で静かに進行している、この国の「現在進行形の侵食」だった。
保常は冷めた口調でぼやくように話した。柊自身も嫌というほど分かっている話だった。警察組織もまったく同じだったからである。上の保身のために下は使い捨てにされる。上だけがいい思いをするのは、反社も企業も警察も、もっといえば国だって同じことだろう。
保常は机の端に置いたメモ用紙を引き寄せ、鉛筆で建設会社の名をいくつか書き記し、その一つを丸で囲んだ。
「神代の手足はほかにもいくつかあるが、直近の案件だと表に出ているのはここだな。新潟の建設会社だ。フロント企業といえば聞こえはいいが、もっともここは本当の意味ではただの看板にすぎない。実際の現場は都内と埼玉で回してる。どうせ下請・孫請だろうけどな」
柊は置かれた名刺に改めて目を向ける。「神代正義」――
――二代目社長になってから脱炭素事業を拡大し始め、莫大な投資をしているはずだ。
今では本業のエネルギーより新事業の次世代エネルギーの売上が順調に伸びている……。
これも神代のシナリオなのか?
保常は老眼鏡を外し、机の上に置いて首の後ろをトントンと叩きながら続ける。
「お前も知ってるだろ。今の連中は、昔みたいに『シノギです』って顔して動いちゃいねぇんだよ」
保常は、くぐもった声で言った。
「まずは毒にも薬にもならない、小さな取引からだ。無害な顔をして信用を売り、紹介という体裁で役員の懐へ入り込む。そこでちょっとした『貸し』を作るんだ。それが、底なしの地獄への入り口だとも知らずにな」
保常は、手元のメモ用紙を鉛筆の芯で拗執(しつよう)に塗り潰していく。黒い塊が広がるさまは、組織が侵食される様子そのものだった。
「奴らの狙いは『稟議の入り口』だ。話の通りやすい部署や、弱みのある担当者をまず制圧する。そうやって承認側の顔ぶれを、自分たちの都合のいい駒に少しずつ、静かに挿(す)げ替えていくんだ。あとは名義と金の流れをじわじわと掌握するだけ。
気づいたときには、誰が決裁し、どこへ金が落ちるのか、その全行程を神代たちが完全に支配している。…… もちろん、表に名前など一切出さずにな」
柊は背筋に冷たいものが走るのを感じながら、保常の説明を頭の中に叩き込んだ。