【前回記事を読む】事件で亡くなった女性の交際相手は、与党政治家の孫だった…だから、死因欄には“自殺”と記入するしかなかった。

第2章 粛清

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背負っていた組織の看板を捨て、古びた紙の匂いに包まれる保常の姿を、柊は不思議と似合っていると感じていた。気負わず、力まず、ただ淡々と、本と、そして訪れる人間と向き合う。かつて銃火器と暴力の狭間で貫いた保常の「誠実さ」は、今、静かな書棚の間で、柔らかな光を放っていた。

読みかけの本を閉じた保常は、老眼鏡を額のところまで上げ、無表情に眺める。

「まだ生きてたか」

「ご無沙汰してます」

柊は一礼し、手にした袋を差し出す。

「『剣菱』。よく飲みましたね」

保常は柊をジロリと睨(にら)み、やがてフッと笑ってこう告げた。

「……聞かせてもらおうか。何かあったんだろ」

柊はかたわらのパイプ椅子に腰かけると、手短にこれまでの事情と恵子から聞いた話を伝えた。

「死因は病死で間違いないんだな?」

「検視を担当した検視官にも聞きました。外傷もなく、事件性はナシ、とのことです」恵子から預かった加納の遺品を取り出すと、机の上に並べた。

「加納さんの遺品です。経理関係の書類に取引先の名刺、本人のメモ帳、それとスマホです」

「ちょいと長くかかりそうだな。表の札、準備中にしといてくれ」

柊は立ち上がり、入り口に向かうと「営業中」の札を裏返す。奥に戻ると、保常はファイルを開き、印のついた名刺を眺めていた。

「神代か……」

鉛筆の先でツン、とつついたのは神代の名刺だ。

「東雲社長とは濃厚な付き合いだと思いますが」

「神代正義(かみしろまさよし)。聞いたことないか? エリートブローカーで有名人だ。もちろんすでに社長の東雲ともズブズブだったはず。手遅れじゃないか?」

柊は黙って頷いた。

「星和コンサルティング、共栄建設、神代ホールディングス。分からないようになっているが、どれも神代の息のかかった会社だ。住所はあっても人がいない場合がほとんどだ。実働部隊が企業と直接交渉して施工を請け負い、下請・孫請を使って仕事をして報酬を得ているから、表向きには絶対分からないだろう。

東雲の社長さんとは親子の盃(さかずき)を交わしているだろうから疑うわけもない。このご時世、奴らも金儲けは大変だ。悪党も頭が良くなければ生き残れない時代になってしまった。神代はすでに簡単に稼げるシステムを作り上げているだろうよ」