検査前日の夜から、私は水分量と血圧のチェックを細かく管理された。看護師が来るたびに腕を差し出す。もはや自動改札機である。

「緊張してます?」

30代くらいの看護師が笑いながら聞いた。

「してないように見えます?」

「みんな同じ顔します」

「どんな」

「検索しすぎた顔」

図星だった。

私は昨夜もやってはいけない検索を重ねていた。

【腎生検 痛み】

【腎生検 失敗】

【腎生検 合併症】

人間はなぜ、わざわざ恐怖を上乗せするのか。

「大丈夫ですよ。うち上手い先生ですから」

「“上手い”って表現、怖いですね」

「寿司屋だと思ってください」

「余計怖い」

当日、ストレッチャーで運ばれるのかと思ったら、歩いて行かされた。元気な患者の扱いは雑である。

処置室は思ったより明るかった。ドラマで見るような緊迫感はない。むしろ事務的だった。

医師が説明を繰り返す。

「うつ伏せになります。動かないでください」

「くしゃみ出そうになったら?」

「我慢してください」

「無茶言いますね」

「みんな我慢してます」

看護師が背中を消毒する。冷たい。やたら広範囲だ。

「そんな広くやるんですか?」

「迷子にならないように」

その例えは初めて聞いた。

エコーで位置を確認する。モニターに自分の腎臓が映る。自分の内臓を見るのは、なんとも言えない気分だった。見覚えがない。なのに私の所有物だ。

「ここです」

医師が印をつける。

私は思った。

人生で“ここです”と言われて嬉しい場所と怖い場所がある。今回は後者だ。

「麻酔します」