【前回の記事を読む】私の妹は、5年前に殺された。高校2年生だった。自宅のすぐ傍で車の中に引きずり込まれて、河川敷まで連れて行かれ…

優子 ―夏―

カウンターの中の若い男の人は表情ひとつ変えない。レーズンバターを輪切りにするその手つきに、あたしはじっと見入った。

「でも犯人は許してくれなかった。妹に顔を見られたから。車の窓ガラスをたたき割る、金槌みたいなレスキューグッズあるでしょ。あのとがった方で、犯人は土下座したままの妹の頭を叩いたの。力いっぱい。何度も何度も。頭蓋骨が割れて脳漿(のうしょう)が飛び散るまで」

ポッキーを出してシャンパングラスに立てている。七本ずつ。ラッキーセブンで七本なのかな?

「検死で肺の方にまで河川敷の細かい土が見つかったから、妹は最初の一撃で絶命したわけじゃなかったのよね。犯人は三人で、裁判では誰が凶器を振り下ろしたのか、お互いに罪をなすり合っていたわ」

それからミックスナッツ。なーんだ、銀座のクラブっていっても、おつまみはそこいらのスナックと違わないじゃない。

「父は、最初は気丈に振る舞っていた。気が狂ったみたいに泣いていたわたしをしっかり抱きとめてくれて。でも、裁判の傍聴席で妹がどうやって殺されたか男たちが話すのを聞いて、おかしくなった。だんだんと、心が壊れていった。しまいには働くことができなくなって、うちは事業をやっていたから、会社を手放さなくてはならなくなった」

ステンレスのバットに大粒の牡蠣が入っている。鉄製のミニパンを火にかけ、オリーブオイルで最初にニンニクと鷹の爪を炒めて……アヒージョを作るんだ。美味しそう。

「あなたのおかあさんに赤ん坊を殺された奥さん、今だに引きこもりがちだって知ってた?」

「え?」

あまりにストレートな言い方に心底びっくりして、あたしはまじまじと佳香さんの顔を見つめた。今のって現実? 一瞬疑った。

「そんなこと、あたし、知りません」

「事件から十数年経っているのに、今だにマスコミ恐怖症で、スーパーに買い物に行くのにも努力が必要らしいのよ。でも、もうひとり子供がいるから、しっかりしなくちゃって、無理に頑張っているんだって。それがまたストレスになっているらしい」

「どうしてそんなこと知っているんですか?」

「被害者遺族の会でいっしょなの、その奥さんの父親と。今年から会の理事をしているわ。知らないの? そのお父さん、あなたと同じ区内の、老舗のシャッター会社の社長さんよ。事件の後は奥さん、実家の敷地内に別棟を建てて一家で住んでるわ」

「おにいちゃんにもその話、したんですか?」

「いいえ、劉生にはしていない。あの人、ああ見えて繊細だから」

「あたしは繊細じゃないっていうんですか!」

急に、店の奥の、若旦那のテーブルが静まり返った。あたしは相当大きな声を出してしまったらしい。