第一部:むくみの正体
最初に異変に気づいたのは、靴だった。
お気に入りのスニーカーが、やけにきつい。朝は普通に履けたのに、夕方には脱ぐのに苦労する。むくみだろう、と軽く考えた。前日にラーメンを食べたし、塩分だ。人は都合のいい理由を探す生き物である。
だが3日目、靴紐が結べなくなった。
腹も張っている。まるで空気を詰めた風船みたいに、皮膚がぴんと張る。体重計に乗ると、4日前より3キロ増えていた。
「筋トレもしてないのに?」
独り言が出た。
トイレの回数も減っていた。気のせいかと思ったが、スマホの歩数アプリのように、排尿も記録できたらいいのにと思うほどには減っていた。
その夜、母から電話が来た。
「声が変よ。風邪?」
「いや、むくんでるだけ」
「それは“だけ”じゃない」
妙に強い言い方だった。
母は介護職を30年やっている。人の顔色と声色に関しては、占い師より当たる。
「明日、病院行きなさい」
「仕事が――」
「行きなさい」
反論の余地はなかった。
翌朝、内科の待合室は満員だった。高齢者が9割、残り1割が「付き添い」か「具合の悪そうな若者」。私は後者だった。
問診票に症状を書く。
【むくみ・体重増加・尿量減少】
書いてみると、ちょっと怖くなった。
看護師に呼ばれ、血圧を測る。
「高いですね」
「え?」
「かなり」
もう一度測る。さらに高い。
「最近ストレスあります?」
「締切は常にあります」
「それは皆さん同じこと言います」
採血、採尿、心電図。流れ作業のように進んでいく。私はベルトコンベアに乗せられた荷物だった。
医師は50代くらいの男性で、やけに目が鋭かった。