【前回の記事を読む】「聞こえないの、おばさん」小学校高学年くらいの少年の声…不愉快だから無視していると、少年が前に回り込んできて…
ホームランとフォーマルハウト
「ちょっと足らないんだ」
ジャイアンツのキャップを被っている少年が言った。幼子が、初対面の相手でも物怖じしない逞しさを持てたのは、令和というご時世の為せる業だろうか。面倒だけど、子供相手につんけんするのも大人げないと思ったから、最低限の対応だけはしようと足を止めた。
「ピンチって、野球?」
「うん」
彼らの向こうに目をやると、不安げな顔をした十人ほどの少年少女が、平らに均された空き地からこちらを注目しているのが見えた。
テニスコートよりも広い平面は、わたしの住む街では公園以外あり得ない自由空間だ。ブランコも滑り台もないから、田んぼ、あるいは畑が地上げに遭って整地されたものが放置されているのだろう。
「だけど大人が一人だけ入ったんじゃ、不公平じゃないの?」
そのあたりの理屈は先刻承知だったらしく、聡明な少年は、はきはきした声でこちらの懸念を一蹴した。
「片方に入るんじゃないよ、両方のチームで、ここぞって時に一回だけ使うんだ」
「え、じゃあ、守備はどうするの?」
「両チーム共有のDHってことだよ」
「DHって?」
「DH知らないの、おばさん。大谷選手がよくやってんじゃん」
怖い大人が減ったからか、図太い子供が増えたのか。理由はいろいろだろうけど、近頃の子は知らない相手にも平気でものを言う。
良い傾向なのかどうか、自分などに良し悪しの判断はつかないが、少なくとも、世代間の壁は明らかにその高さを落としている。ここにいる子も、勇気を振り絞って声をかけてきたわけではないようだ。
「それくらい知ってるけど。おばさんって呼び方を変えてくれたら、考えてもいいわよ」
暇に任せての安請け合いだ。気分がクシャクシャしていたから、ボールをぶっ叩いてスカッとするのも悪くない。
こちらの返答を聞くなり、少年はオッケーオッケーと叫びながら、仲間たちのもとへと駆けていく。
誰もが手を叩いているから、期待されての入団、ということになるのだろう。どう呼ばれるのか不安はあるものの、気晴らしには持ってこいだと考えて少年のうしろに続くことにした。
ある程度なら野球のルールは知っている。「プロと同じルールだよ」という大層な触れ込みだったが、来てみるとダイヤモンドは三角ベースだった。
昭和の子供が編み出した人数不足を補う全国共通のルールが、令和になった今も受け継がれていることに、大いなる感動と、ささやかな郷愁を覚えた。