恵子が鞄(かばん)から取り出した小さなメモ帳、ひびの入ったスマートフォン、名刺の入ったファイルを柊は無言のままじっと見つめる。

「主人の部屋を整理していたときに見つけたものです。ただ……私には意味が分からなくて。もしかしたら、柊さんなら……、そう思って」

なんの変哲もない文房具店やコンビニエンスストアで売っている小さなメモ帳だった。

――俺はアナログおじさんだからなんでも文字にしとくのさ。

加納が笑いながら自慢げに語っていたことを柊は思い出す。そのときのメモ帳が、今、目の前にあった。

「メモ帳から見ても構いませんか」

「お願いします。主人が何をやっていたのか、知りたいんです。ほんの少しでもいいから。

主人は家では一切、仕事の話はしませんでした。本当に私はなんにも分からないんです」恵子はうつむいたまま、誰にともなく、ぽつりぽつりと語り始める。

「ちゃんと顔を見ることも少なくて……ずっと疲れている様子でした。私がもっと早く気づいていたら……」

***

早朝、目覚めた恵子は気配のない夫を探してトイレのドアを開けた――そこには変わり果てた夫の姿があった。

通報を受けて駆け付けた救急隊員は、その場で夫の死を確認した。警察官も臨場し、自宅での不審死と判断されてその場で検視が行われた。

検視官の説明によれば、死因は虚血性心不全。長年の無理がたたって疲労が蓄積し、さらに動脈硬化による血管の詰まりが原因で発作が起きたと考えられる。おそらく発症から数分で意識を失ったのだろう。恵子にはそんな検視官からの説明を冷静に聞くことはできなかった。

次回更新は5月1日(金)、8時の予定です。

 

👉『民間警察』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】店を畳むという噂に足を運ぶと、「抱いて」と柔らかい体が絡んできて…

【注目記事】「今日、主人は出張で帰ってこないの」ホテルの入口で一瞬ためらったけれど、夫だって浮気をしているのだから私だって…