【前回記事を読む】宴席で取引先をぶん殴り、泥酔して大事な書類を紛失し、飲酒運転。そんな奴が上司で、しかも毎日怒鳴られて…

第1章 静謀

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柊も加納の熱に促されるように言葉を返した。

「……なんとなく分かりますが、どうなるか想像つきますよね? この会社がどれだけ現状に甘んじているか、あなたがいちばんよく分かってるんじゃありませんか」

「そんなこと分かってるさ。だからやりたいんだ。誰かが声を上げなきゃ何も変わらない。俺が言っていること間違ってるか?」

加納は柊を鋭い眼差しで見据えた。その目に柊は何も答えられないでいた。そんな柊から目線を外し、加納は居酒屋のメニューに目を落としながら続けた。

「俺がいるうちに、カタを付けなきゃならないんだ。関東エナジー開発は、あの二代目が先代から……親父さんから必死に引き継いできた、血の通った会社なんだよ。あのお坊ちゃんがどれだけ頼りなくても、ここには守るべき従業員とその家族の生活と、彼らがつないできた歴史がある。今のままじゃ、この会社は食い潰される。跡形もなく、な。

……俺が泥を被ってでも、汚れた連中を叩き出さなきゃならない。次の世代に、胸を張ってバトンを渡せるように。それが、組織を追われた俺を拾ってくれたこの場所への、唯一の報い方だと思ってる」

柊は無言のまま、加納の空いたグラスに酒を注いだ。加納も無言で柊のグラスに酒を注ぎ足す。二人は同時にグラスを目の高さまで上げ、酒を口に運んだ。その日の加納は酔っているようでまったく酔っていないようにも見えた。

***

「ですから、柊さんにできることは何もありません。こちらからご連絡するまでは特に出社しなくても構いませんので。あ、もちろん顧問料は今までどおりお支払いします。別に契約を打ち切るわけじゃありませんので」

総務部長の川本は額の汗をぬぐいながら早口に並べ立てた。柊には心なしか今日はどこか態度や口調がよそよそしく思えた。

「ありがとうございます。ところで……加納副社長の訃報は一斉メールだけだったようですね。葬儀にもどなたもお見えにならなかったようですが」

「ああ、それ。それですね。まあ社としては、大げさにしたくないというご遺族の意向を最大限に尊重しまして、その結果、社内連絡のみで対応したというわけで。いや、奥様に社葬のことなども提案したんですが、固辞されましてね」