【前回記事を読む】おかしい、何かある…副社長が突然死したのに社内メールは「副社長、急逝」のみ。オフィスは“いつもどおり”で誰も…

第1章 静謀

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「なんでこんな馬鹿げたことになるんだ。俺がいれば、こんな結果にならなかった! クソッ……こいつらが居座ってて、なんで俺が飛ばされなきゃならねぇんだ!」

それは銀行に対する怒りというよりも、むしろ左遷を受け入れざるを得なかった己への悔しさに近かった。柊はその言葉に、自らが警察を去ったときの悔恨を重ねた。組織という檻(おり)の中で、理想と現実の狭間(はざま)でもがいた二人の男。考え方は違えども、どちらも自分のなすべきことを、最後までこの汚職まみれの会社の中で貫こうとしていた。

やがて二人は、巨大な企業の森に巣食う闇と向き合うようになる。不祥事の兆しを察知すれば、加納は前面に立ち、柊が水面下で事実を拾い上げた。社長の東雲や役員も動くが、実際の火消しは、ほとんどが加納と柊に託されたといってもいい。

互いの立場は違ったが、目指すものは同じだった。表沙汰になる前にトラブルを断つ。それが自分たちの役割だと、いつしか二人は無言のうちに認め合っていた。元警察官と元エリート銀行マン。生き方は交わらずとも、信念の芯だけは重なっていた。

オーナー会社なので当然といえば当然だが、社長の東雲自身の金遣いは実に豪快だった。

社長の個人使用以外に社員を楽しませるためのイベントや、慰労会、得意先の接待には惜しげもなく金を使っていた。会社を私物化することは問題ではあるのだが、現実的に業績は好調の一途をたどっており、誰も社内で声を上げる者はいなかったのである。

管理職、そして役員に昇進すれば、年齢を問わず、誰もが耳を疑うような破格の待遇が待っている。朝令暮改もこの場所では「迅速な意思決定」と読み替えられる。君主の顔色を窺(うかが)い、忠誠を誓い続ける限り、社員には過保護なほどの恩賞が与えられる。

毒を含んだ甘い果実のような会社だ。絶対君主のもと、従順でさえあれば、これほど安定して、手厚く、報われる会社もそう多くはない。

社内バブルに浸かりきった役員たちは、いつの間にか社長にでもなったかのようなどこまでも上から目線の口調で、経費を湯水のように使い、〝自分こそが王〟とでもいわんばかりの振る舞いを身につけた。だが、当然そのゆがみは下に向かう。君主制のプレッシャーはすべて部下へと流れ、若手社員たちは日々、慎ましく〝波風を立てない〟ことに心を砕く。