【前回の記事を読む】AIにも意識は宿り得るのか? 私たちは常日頃カーナビの指示どおりに運転している。でも、もし故障したら? その限りでは…
第1章 身近なAIに見る原理
1 カーナビ
「ジーニー」としての自動運転車から「ソヴリン」へ
カーナビはもう一段発達すれば、スマホとフルに連動して、私たちの性格や関心事、日程、健康状態についてさえリアルタイムに把握して、目的地自体についても代替提案をしてくるようになると思われます。
「そこに行きたいあなたの目的は分かっていますが、そのためにはあなたのためにもっと良い場所があります」「あなたは忘れているようですが、今日は別の約束がありましたね」「あなたは気がついていないようですが、風邪ウィルスが潜伏していて今日にも発病する恐れがあるので今回のお出かけは延期した方がよい」等々です。
いずれも私たちのためになる提案であり、通常従った方が良いことに経験的になっていくと考えられます。
以上、カーナビについて見ましたが、一事が万事で、人生のより重要な選択、例えば学校、就職先、または結婚相手の選択についても、私たちはネット上の諸情報、マッチングアプリ等のAIの助けを借りることで、総じてかつてよりも自分にとってより良い選択をすることが可能になっています。
これらはいずれも一義的には各個人のレベルでの選択の問題です。しかしカーナビの例だけを見ても、行き先への最適なルートの推薦は、すでに地域の交通状況全体を踏まえて多数のドライバーに対してリアルタイムに行われています。そこではAIは社会レべルでの最適解を割り出して主導するところまで来ているのです。
さらに、すでに一部で限定的に実用化が進んでいる自動運転車は早晩一般に普及していくものと思われます。完全な自動運転車はボストロムのAI分類によれば、単に質問に答える「オラクル」よりも一段進んだ「ジーニー」に当たります。
千夜一夜物語のアラジンの魔法のランプに宿っている精霊Genieに因んだこの呼び名は、私たちの指令を実行する機能を持つAIを指します。自動運転車などのジーニーとの関係においては、私たちは文字どおり「車のハンドル」を離してしまうことから、オラクルよりも潜在的なリスクは高くなります。
しかし自動運転車について言えば、あくまでも自動車の運転という特定領域の目的に限った作業を、厳格なコントロールのもとに行わせることになるはずです。その意味では私たち人間が実質的に「車のハンドル」を離すことにはならず、AIに自律的な主体性が生じるとしても微細なテクニカルなレベルにとどまるものと思われます。