プロローグ

人気のない山の麓にある登山道から少し離れた所に立つ、今にも崩れそうな廃屋の入り口に若い小柄な男が立っている。

男は俯き加減でツバの広い帽子をかぶり、その表情を窺うことはできない。土色の地味な半コートを着たその男はじっと何かを待っている。

ほどなくしてサイレンの音が聞こえてきた。廃屋の前に数台のパトカーが到着し、警官や鑑識、刑事らしい男たちが数人降りてきた。遺体を発見したとの連絡を受けての出動である。

「通報してきたのは君か」

と突っ立っている男にそう問いかけた、いかにも新人らしい刑事の袖を四十半ばの中年刑事が制止するように引っ張った。そして男に向かって顎で挨拶し、またおまえさんかといった表情で苦笑する。男はゆるゆると敬礼するがじっと黙っている。

その様子を見て不審そうな表情を浮かべる新人刑事を中年刑事は後ろを向かせて体を寄せた。ちらりと男の方を振り返ると嫌な物でも見るような目をして小声で言った。

「あれが噂の幽霊だ」

驚いて新人刑事は男、結城のほうを見る。廃屋の中で首を吊った腐乱死体を発見したというのに、ぼうっと突っ立っていて何の感情も示さないこの幽霊と呼ばれる男……。

噂は聞いたことがある。夕陽ヶ丘署篠町四丁目交番に詰めている結城令助。管轄の内外だろうが非番だろうが関係なくあちこちに現れ、変死体を発見しては通報してくる巡査がいると。ゆえに死体を呼ぶ巡査だの幽霊だのと陰口を叩かれている。

新人刑事がまじまじと結城を見ていると、中年刑事は小さく肩を竦めてつかつかと結城に歩み寄るが、結城は相変わらず俯いたまま突っ立っている。

中年刑事は廃屋に入るためにぽんっと肩を突こうとしたがその手を結城がすうっと躱したので、よろめきそうになったのを誤魔化すように廃屋の中に入っていった。

続いて新人刑事も入っていったのだが、すぐに飛び出てきて草むらで盛大に吐いた。吐きながら、あんなものを見てすましている結城の神経を疑った。

やはりあいつは噂どおりの幽霊だ、そう思いながら新人刑事が振り返ると、すでにそこに結城の姿はなかったのである。なんとも奇妙なこの若き巡査の日常が、これから始まる物語である。