その日のうちに、美咲に電話した。
「お母さんがSNSやるの? 大丈夫?」
美咲は笑ったが、すぐに真剣になった。
「分かった。私が手伝う。アカウントの作り方から教えるから」
美咲はその週末、旅館にやってきた。大輝にも声をかけ、彼も東京から駆けつけた。
「父さんの旅館がピンチなら、僕も何かしたい」
大輝はスマートフォンでの動画撮影が得意だった。旅館の庭、露天風呂、厨房で料理を作る雅彦の手元。山の朝焼けと夕暮れ。渓流の音。それらを丁寧に撮影し、短い動画にまとめた。
美咲は文章を担当した。よし子が語る旅館の日常を、美咲がSNS向けの文章に書き直す。
『山奥の温泉旅館の女将になりました。48歳からの第二の人生。毎朝5時に起きて、廊下を雑巾がけ。大変だけど、窓から見える山の景色を見ると「ああ、ここに来てよかった」と思います』
(美咲が書いてくれた。この子が、私の話を文章にしてくれた)
最初の投稿は20件の「いいね」しかつかなかった。でもよし子は毎日投稿を続けた。旅館の料理の写真、露天風呂から見える月、節子が教えてくれた山菜の見分け方。飾らない言葉で、藤乃屋の日常を綴った。
1ヶ月が過ぎた頃、変化が起きた。
ある投稿が急に拡散されたのだ。千鶴が縁側でマフラーを編んでいる写真に、よし子がこう添えた。
『お義母さんが、私と夫のおそろいのマフラーを編んでくれています。75歳の手が生み出す愛情。このマフラーを巻く冬が、今から楽しみです』
その投稿は3万回以上閲覧された。コメント欄が温かい言葉で溢れた。
「泣きました」
「こんな旅館に泊まりたい」
「おばあちゃんに会いたくなった」
それをきっかけに、予約の問い合わせが増え始めた。