【前回の記事を読む】教授はあの頃の現象が嫌で、いつもふてくされていた。日本国内においてYMOは、自分たちで舵が効かなかった。一方海外では……

DiscI YMOバイオグラフィー

Track2. メタモルフォース─音楽的先鋭性の第二形態─

1981年3月21日、ニューアルバム『BGM』が発売される。

YMOは今度はどんなサウンドを出すのか、25万枚の予約が期待感を示していた。

ジャケットは奥村靫正(ゆきまさ)によるもので、赤いマニキュアの女性の手が歯ブラシを水ですすいでいる不思議なイラストが一層期待感を高める。

歯磨きという何気ない日常の習慣、大量生産された既製品の歯ブラシ、派手な赤のマニキュア、それらはまさにポップアートの特徴を示している。

蛇口から流れる水はリアルに描写されているが、背景となる洗面台に溜まった水はフォーカスをぼかす効果で、水墨画のような柔らかさを与える。

こうした異なる技法を1枚の絵で表現することもまた、ポップアートのスタイルなのである。

このイラストのコノテーション(言葉やイメージが持つ二次的な意味や感情的な連想:含意)は〈BGM〉である。

何気ない日常を邪魔しないBGM。1980年のYMOの音楽を、「あれはBGMだ」と揶揄(やゆ)をこめて批評する声が少なからずあった。

特に『パブリック・プレッシャー』以前の曲のほとんどがインストゥルメンタルであったことも一因である。

それに対してYMOはシニカルなシャレとして、このアルバムタイトルを『BGM』にしたのである。

ジャケットの右下にタイトルが載っているので『BGM』のイラストはもはやメタファーではなく、直喩である。

ところが、このアルバムの中身を聴いた多くのファンは愕然とする。

とてつもなく暗く、メロディに乏しく、ノイジーで不協和音が鳴り響く、期待していたものとは真逆のサウンドだったのだ。

坂本龍一の『千のナイフ』のカヴァーも入っていたが、アレンジがひねりにひねっていて難解である。どの曲もBGMにはならない。

『BGM』のタイトルはあくまでシャレで、のめり込んで聴かないとその本質には届かない。

YMOの諧謔(かいぎゃく)そのものであり、新たなる実験であった。