【前回記事を読む】「モデルナ」は“象徴”だった。大企業ではなく、小さな研究チームから始まったベンチャーなのに、わずか1年でワクチンを実用化し…
第1章 創薬ベンチャーの現状と課題
――日本と世界の比較から見える壁
創薬の道のりは、輝かしい発見から始まりますが、そこから実用化に至るまでには幾重もの壁があります。以下は研究室のドラマから始まる現実です。
東京のある大学研究室。若手研究者A氏は、数年かけて世界初の新しい作用機序を持つ分子を発見しました。論文は国際誌に掲載され、学会では拍手喝采を浴び、研究室には祝福の声があふれました。
しかし、その余韻は長くは続きませんでした。論文発表から数週間後、A 氏は自問します。「この発見を薬にするには、何か良い方法はないのか?」資金も規制の知識も、人材のつながりもない。目の前には山のような課題が立ちはだかっていました。
新しい薬を生み出す仕事は、極めて長い年月と莫大な費用を必要とする、リスクの高い事業です。たとえ基礎研究で有望な分子や技術が見つかっても、それを「薬」として患者に届けるには、動物実験や臨床試験を経て、数多くの薬事規制を乗り越えなければなりません1。
日本では、一つの新薬が承認されるまでに平均10年から15年を要し、国内推計では、機会費用を含む総費用が数千億円規模に達するとの報告もあります。新薬候補物質が最終的に承認に至る確率は約3万分の1に過ぎず、ほとんどの候補が途中で開発を断念せざるを得ません2。
世界的に見ても、新薬開発のコストは膨大です。タフツ医薬品開発研究センター(Tufts CSDD)が2013年に発表した調査では、新薬1品目あたりの平均開発費用は25.58億米ドル(当時の為替で約2,500億円)と見積もられました3。
この費用には、失敗に終わったプロジェクトの支出や、開発期間中に投資家が撤退した際の「機会費用(資本コスト)」も含まれており、純粋な直接費をはるかに上回ります。
最近のデロイト社の2024年の報告によれば、大手製薬企業20社の平均開発コストは22.3億米ドル(当時の為替で約3,300億円)に上昇しており、技術投資の増加、臨床試験の複雑化、後期段階での高い脱落率がその主因とされています。
特に第III相臨床試験の期間が12%延びたことで、研究開発コストと上市までの時間がさらに長期化していると指摘されています。この長期化は単に時間的な負担を増やすだけでなく、資本コストを押し上げ、商業的価値を低下させる要因ともなります4。