【前回の記事を読む】ホモ・サピエンスの知能はせいぜい現代の7歳児ほどのレベル!? 彼らが生き抜くためにもちはじめた特殊なものとは?

第一章 ナイロビ

その三 ホモ・サピエンス

「今から十万年ほど前、場所はここケニアのサバンナとしよう。ホモ・サピエンスたちは狩り以外に〝屍肉あさり〟の仕事がだいじな日課だったね。肉食の猛獣の食べ残しを、他のハイエナや猛禽類に先んじて、朝はやくから集めてまわる作業ね」

現地にいる臨場感が想像力を掻き立てるのだろうか、唯井には古代人の日常生活がはっきりと頭のなかにイメージできた。

陽が昇り世界が動きだすと、大人たちの屍肉あさりのモジュールが「さあ、しごとだ」と準備をうながす。

静かなサバンナの先頭を行くリーダーの狩りのモジュールが経験と記憶をとりだし、今日のルートを「これだ」と決める。

しかし、歩きはじめると空遠く猛禽類が旋回していた。

「このとき、屍肉のモジュールが『いそげ、そっちだ』と指示をしたり、だんだんと猛獣のテリトリーに近づくと、別の危険を察知するモジュールが『しずかに、きをつけろ』と命じる。途中で一瞬、地を這う黒い陰が目に入り『蛇だ!』と顔認証のモジュールが叫び、横っ飛びに身をかわす。こういう感じで日常生活にモジュールが機能しているね」

もちろん、生存活動や危険が及ぶときだけにかぎらない。やがて首尾よく屍肉が集まり、十分な量に達すれば「もういい、はこべ」と帰りのモジュールが指示するという。

「と、まあこんな風に状況に応じ、それぞれのモジュールが適応し、はた目にはテキパキと一連の行動に見えるという仕掛けだね」

いつしかナイロビで、初対面の外国人から十万年ほど前の文明に関する講義を受けていた。どうやら本物の学者のようだが、なぜ専門的なことを日本人にしかも本気で。なにか思惑があるのか。それにしても独特の抑揚や言葉使い以外、ほぼ完ぺきな日本語だ。

「《ゆい》さん、これでよくわかったでしょ」

「まあ、少しはね」

そこに、さきほどの女のスタッフがグラスをふたつ。アイリッシュウィスキーだ。

にこりとして帰るはち切れそうな身体を、JJが目で示し「彼女の名前はムカミ、《ゆい》さんに少なからず興味があるね」と言う。

「え、初対面だろ」とあきれた顔をすると、首を振って「ここはケニアだからね」。

さっきスワヒリ語で話していたのはそれか。唯井は笑って取り合わず、先を急いでごく当たり前のように「で結局、このあと多数のモジュールが進化し、意識になったというわけだ」と言った。