三浦党は奥州に出向いて源義家の軍に加わって戦ったが、景正もこれに加わり、有名な景正のエピソードはこの奥州金沢柵の戦いで生まれている。
敵に右目を射られながらも矢が刺さったまま獅子奮迅の働きを示して勝利に貢献した景正は、馬で自陣に帰ったものの馬からずり落ちた。
これを見た景正の従弟の三浦為継(ためつぐ)が矢を引き抜いてやるために景正の顔に土足で足を乗せて矢を引き抜こうとすると景正が刀を持って下から為継を突こうとする。
景正は猛烈に怒っていた。「土足で面を踏むとは何事か。矢に当たって死ぬるは武者の本懐だが、面を土足で踏まれるとは武者の恥。今からはお前こそが俺のかたきだ」。
為継は直ちにあやまり、そばに片膝をつき、膝を景正の片方の頬に乗せて、苦労しながら矢を引き抜いてやった。
この間、景正は声ひとつあげなかったという。
右目を射られて矢が刺さったまま戦い抜く武者魂。顔を踏まれることの不名誉を嫌う武士としての誇り。強烈な痛みにも屈しない忍耐力。
どれもこれも見事で爽快だ。
武者の手本として地元鎌倉で敬愛される鎌倉権五郎景正とはこういう人物であった。
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