9 ユダヤの成功法則

ユダヤの成功法則が書かれた本を読んだことがあります。これは、世の中は78対22の割合で成り立っているという法則で、地球の海と陸との割合、人体の水と物質の割合も78対22となっているというものです。

見えない感覚のところも同じことが言えるらしく、働きアリを集めて作業の様子を見ていると約8割はしっかり働いて、残りの2割は怠けているそうです。

ならばその中でよく働いているアリばかりを集めて作業させると、やっぱり2割のアリが怠け出すそうです。

これは働いているアリが疲れた時、今度は怠けていたアリが代わりに働き出します。これはアリのコロニー(群れ)が長期的に仕事の能率をキープするのに必要不可欠なことだそうです。

ピアノの場合も頑張りすぎてカチコチより、程よい緩みが無いと上手に弾けないのは確かです。100%の力より80%の力の方が上手くいきそうです。本番8割しか出さないことを前提として練習することも大切だと思います。

私の祖母は大阪の天王寺で商売をしていました。祖母の会社の従業員が住んでいた寮の掃除に行く祖母について行った時「綺麗にしすぎないの。少しだけ散らかしておくの、居心地が良くなるからね」と言っていたことを思い出します。

2割ほど散らかっている方が人は落ち着くのかもしれません。ピアノも完璧を求めるより少し位間違えて大丈夫と思いながら弾く方が聴き手にとって愛のある演奏が出来るように思います。

ピアニストのフジコ・ヘミングさんは、「間違えたっていいじゃない、機械じゃないんだから」とおっしゃいます。私の大好きなピアニストです。愛のある演奏家だと思います。

10 ピアノ音楽の歴史

J・S・バッハは、1685年生まれです。有名な作曲家ですが、調べてみるとオルガン奏者と記載されています。当時はまだピアノがあまりなかったようです。

ピアノはイタリアのクリストフォリが1700年ごろにチェンバロを改造して弱音、強音が出せるチェンバロを製作しました。

クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ(弱音も強音も出せるチェンバロ)と、とても長い名前だったそうです。後に短くピアノと呼ぶようになったそうです。つまり弱音です。ピアノの名前は弱音なのです。

バッハは父も兄弟も音楽家です。昔は、その家に生まれるとその家の職業を継ぐ習わしのためですが、はじめの作品は職人的でミサのためにササッと毎週曲を書いていたようです。

ですがインベンションやシンフォニアは非常に難しい曲です。バッハは63歳(1747年)の時に王様の前でピアノを演奏しています。当時ピアノという楽器が珍しかったのだと思います。そして王様は小さい音から大きな音まで出せるピアノに感心していたのだろうと思います。

 

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