「あ、あの、よかったら、お茶でも飲んでいかれます?」

 お腹に赤ちゃんがいるのであれば、ちょっと休憩でもしてもらおう。冷蔵庫にジュースがあったはずだ。

「オレ帰る。一分だってこんなとこにいるの、やだよ」

「あんた、肝っ玉が小さいわね」

「じゃあ、お前いろよ。オレは帰る」

そういって、男はサンダルを履き、ドアを開けて出て行った。乱雑に開けたせいで、ドアが廊下の壁に当たって、ばんと音がした。

「ちょっともう。もっとお話聞きたかったのに。すみません、ありがとうございました」

女性も急いでパンプスを履くと、後を追って出て行ってしまった。窓から、男を追う女性の姿が見えた。その姿がすっかり見えなくなると、どっと疲れが吹き出した。

 

その一週間後、団地の本部の人からまた見学をしたい人がいるという連絡をもらったけれど、今度は丁重に断った。事故物件に対する一般的な人の目がどのようなものか、いやというほど分かったからだ。

でも、私は負けない。

「母さん、元気ですか。僕はアパートと大学の研究室を往復する毎日です。土曜日の夕方に、家庭教師のバイトが一つ、入りました。なんとかもう一つくらいバイトをして、学費を稼ぎたいと思っているけど、学校が忙しくてなかなか。仕送りすまない。母さんだって、大変なの、わかってるよ。いつか、就職したら楽させてあげるから」

少し右にあがる、息子特有の文字が踊っている。息子は時々、絵はがきを送ってくれる。私はそれを抱きしめた。お前の為なら、お化けも、おっかないおばさんも、何にも怖くないんだから。はがきの裏はどこか海外の、真っ青な海の写真だった。私は絵はがきをピンで壁にとめると、カーテンを閉めた。

次回更新は2月22日(日)、11時の予定です。

 

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