横には、香子がいる。
行く先すら尋ねようとせずに、楽しそうに微笑みながら歩調を、合わせて歩いている。
「香子ちゃん、さっきのリクエストの話なんだけど、確かにリクエストを迷惑がるDJが、たくさんいるってことは僕も認める。人によって、考え方は分かれるだろうけど、僕の考えを言えばね、お店に来てくれたお客さんが、聴きたいって言ってる曲は何よりも優先してかけるべきだと思うんだよね。だってさ、DJっていっても、基本的にはサービス業だからね。
お店に、来てくださるお客さんよりも大切にしなきゃならないモノなんて、あるはずがないんだよね。でも、DJの立場から考えてみるとさ、自宅で一生懸命、選曲の練習をしてたりするのも、同じところにある思いな訳でさぁ、来てるお客さんに自分がしてきた努力の成果を聴いてほしい、そう思ってプレイしてるときにはやっぱ、複雑なものがあるし、リクエストされた曲によっては、DJのイメージしていた時間が、ストレスに変わっちゃう場合もあるのね。
練習してきたものを完璧な状態で、フィニッシュさせたい。そういう思いが、何よりも強くなっちゃうタイプのDJもいるんだよね。僕なんかは、音や曲に対して好き嫌いや偏見なんか全く無いし、DJという職業に対しての考え方も、他の人とは違ってるところなんかもいっぱいあるし、スタイルってやつですか? 全てにおいて柔軟に対応できる技術や能力があるってことのほうが、重要な場合もあると思うから。
だから、たまたまそういうタイミングのときにリクエストを持っていっちゃっただけで、そん時、対応してくんなかったDJも、普段はちゃんとやってると思うんだ。他の店で香子ちゃんが、いやな思いをしたのなら、全てのDJ達に代わって約束します。僕は絶対に、リクエストを無視するようなことはしないよ。こんなもんで、どうでしょうか? 他人のミスを、僕が謝っても意味のないことだし、そんな必要もないはずだからね」