第一章 出逢い ~青い春~

その後、天地から連絡があって、優子は二度、西天満の事務所へ行った。天地が代行してくれて、土地家屋の名義変更の登記も法務局で済んだ。父の生命保険も、免責期間を過ぎている事と、精神的な深いダメージがあり、保険金目的の自殺でない事を、天地が指摘して、ほどなく受け取る事ができた。相続税も、どうやってくれたのか、思ったより少なくて済んだ。

優子は天地に感謝し、「おいくらですか?」と聞いたが、天地は「柚木に頼まれた事は、仕事ではないので、いらない」と言いきった。優子は母と相談をし、お礼に寸志を包んで菓子折を持ち、近々、天地を訪ねる事にした。

天地は、三度会っただけだが、優子に強く心惹かれていた。父親が自殺し、辛い中で、健気に母親を支え、家の問題に立ち向かい、いつ会っても柔らかく微笑む優子に、心打たれていた。控えめな雰囲気で静かに話し、聞けば、花が好きで、いけばな教室をやっていると言い、その話になると、パッと明るい笑顔になるのも可愛いと思った。

天地はよくモテて、三十一歳のこれまで、何人かの彼女がいたが、いつも今一歩の何かが物足りなくて、結婚に至らず、まだ独身だった。柚木とは、京都大学で、一回生の時、一般教養の授業でよく一緒になり、意気投合した。医者と弁護士と、めざす道はちがったが、人を助けたいという共通の思いがあり、何でも話せ、わかり合える仲だった。

柚木がスイスのユング研究所に留学していた時、スイスに訪ねて行き、一緒に標高三四六六メートルのユングフラウヨッホへも登った。何でも語り合える唯一無二の親友だった。

天地は真っすぐな性格で、隠し事が嫌いだった。特に柚木には、隠し事をしたくない。そう思って、天地は柚木を誘って、飲む事にした。

鶴橋(つるはし)の焼肉屋で、二人は二年ぶりに会った。天地が店を予約し、先に来ていた。

「よっ! 元気だったか」
店に入って来た柚木に、天地が声をかけた。

「あぁ。久しぶりだな。奥宮さんの事、本当にありがとう。彼女、喜んでいたよ」と、柚木が礼を言った。二人は上着を脱ぎ、煙の匂いがつかないよう、店から渡されたビニール袋に、それぞれ入れた。

「その奥宮優子さんの事で、今日、話したいんだ」と、天地は早速、本題に入った。

「どうしたんだ?」と、柚木は聞いた。

威勢のいい店のおやじさんが、二人にビールジョッキを持って来た。

「カルビは二人前、大盛りで頼む」と、天地が言った。

「あいよ!」と、おやじさんが返事をした。店内は、周りのテーブルの焼肉の煙で、もうもうとしていた。アッという間に、おやじさんが、大皿に盛ったカルビを持って来て、二人の前の鉄板にのせ始めた。肉の焼ける香ばしい匂いがしてきた。

「まぁ、飲もう! 乾杯だ!」と、天地が言い、ビールジョッキを持ちあげた。
「あぁ!」と、柚木もジョッキを持ちあげた。

「乾杯!」と、二人でジョッキをカチッと合わせ、飲んだ。

「カーーッ! 美味いねぇ!」と、天地が笑った。