〝急がないと〟
さやかは、さっそく頼まれた仕事に着手した。
そうして、その仕事を終えたのは十一時四五分。そのとき、一本の電話がかかり、上司が取った。
「商談の時間が変更ですか? 存じておりませんでした。申し訳ございません……」
平謝りする上司。さやかは、書きかけのメモの存在を思い出すと同時に、顔面が蒼白(そうはく)になった。
「誰が電話取ったんだ? 女性の方に伝えましたと言っているんだが」
さやかは、言い出せなかった。
〝このミスが岡嶋さんにわかってしまったら、私の片想いは実らないかも知れない〟
それから上司は、慌(あわ)てて取引先に向かった。そして、その日の夕方、さやかは、その上司に呼ばれた。
「向こうの人は、徳永さんに、伝言をお願いしたと言っていたよ」
もう逃げられない。正直に告白した。
「すみません。私です」
「岡嶋くんが取ってきたお客さんなんだよ。この一件で、うちの信用は落ちてしまったんだよ」
「このミスがあったことを知らせるのを、最小限の人数だけにとどめておくことはできませんか」
「何を言っているんだね!? それはキミ、責任感無いよ。ちゃんと顛末(てんまつ)書を書いて処理すべきだよ」
翌日、さやかのミスは、部署全体に知られることとなった。もちろん岡嶋さんにも。
その岡嶋さんと、偶然エレベーターに乗り合わせたときのこと。
「お疲れ様です」
「お疲れ様」
少し間があって、
「今回の件で徳永さんのこと見損(みそこ)なったよ。俺、噓(うそ)つく人嫌いだからさ」
さやかは、もう何も言えなかった。