第一章 ほうりでわたる
父帰る
どれくらい日にちが経ってからだろうか、父が戦地から帰ってくるという知らせがありました。その夜、まんじりともせず起きていた私は、コツコツと聞こえる靴音に胸をどきどきさせていました。とうとう父が帰ってきたのです。大きなリュックと、ぐるぐると円筒状に巻いた黄土色の軍の毛布を肩に背負っていました。帽子をかぶり、軍服姿です。
父はまず最初、出征前に自分が建てた我が家に立ち寄ったそうです。まさか水害で家が流されてしまったとは思わず、影も形もないことに驚き、知人を訪ねて被害の様子を聞き、案内されて藁葺き屋根の借家に帰ってきました。母が何と言って迎えたかは覚えていません。
翌日、父は一緒に鉄工所で働いていた同僚と我が家で酒を酌み交わしていました。
後で父に聞いた話ですが、「戦争が終わったと聞いた時、みんな悲しそうにしていたが、わしは一人密かに喜んでいた」とのことでした。「誰にも言わなかったけれど、家族と会えることが嬉しかった」と語っていました。
父は海軍に入りましたが、戦地に物資を運ぶ輸送船に乗り、機関兵としてエンジンの操作や修理をしていたとのことです。鍛冶屋の経験もあるため、艦長に日本刀などを作ってあげ、大変喜ばれ可愛がられていたそうです。
無口な父は、戦地での話をあまりしませんでした。きっとつらいことや、いつ爆撃されるかもしれないという恐怖心もあったことと思います。
父が帰ってきたことを知った漁業協同組合の人から、「もう一度ここでエンジンの修理をしてほしい」と頼まれ、小さいながらも自分の鉄工所を開くことになりました。
おじいさんの時代に鍛冶屋をしていたという家の工場だった場所を借り、少しずつ機械や工具もそろえ、エンジンの修理を始めました。何しろ一文無しで始めたので、思ったように機械の調達ができませんでしたが、漁業協同組合の人たちが出資金を募り、お金を貸してくれたそうです。