【前回記事を読む】危うく大事故に…居眠り運転で接触しそうになった相手は亡くなったはずの同僚にそっくりで…
黒木君
保土ヶ谷バイパスでの居眠り事故未遂は本当に危なかった。左側を並走していた乗用車のクラクションで目が覚めた。目覚めが少し遅ければ、富田の車は左の車に接触して大事故になっていたかもしれない。
二台の車は転倒し死亡事故が発生したかもしれない。もし、左側に自動車が並走していなかったらどうなっていただろう。もう一秒間居眠りをしていたらどうなっていただろう。時速八十キロメートルで運転していた。一秒間に二十二メートル進行する。
車は居眠り運転で左方向に曲がっていた。高速道路から崖下に転落し、車は大破し死亡事故になっていたかもしれない。
彼はクラクションの音で目覚めた。左側に並走車がたまたま走っていたのがラッキーだった。このクラクションの音が「運命の分かれ目」だった。
富田は居眠り運転の予防にもっと気をつけるべきだった。海外旅行の時差ボケがまだ治っていないこと、旅行疲れが残っていること、睡眠が浅く、注意力が落ちていること、あくびや瞬きが増えていること、等の現象があったはずだ。
今回は神様が救ってくださったのだろう。富田は居眠り運転中、モンサンミシェル修道院に向かって運転している夢を見ていた。夕日の光を浴びて黄金色の修道院は美しく、誰かが彼を手招きしていた。彼はさらに加速した。あの手招きは誰で、何を意味していたのだろう。
翌日、富田は会社に出勤した。高田君に前日の居眠り運転を話した。黒木君の件があったので、君まで事件を起こしては迷惑だ、と注意された。
人生何が起こるか分からないと、言われた。富田の居眠り事件と、黒木君の死は何か因果関係があるのだろうか?
黒木君の葬儀が過ぎて、残り五日間ほどで四十九日の法要があるそうだ。まだ四十九日の前で、黒木君の魂は、現世とあの世の間をさ迷っていたのだろうか?
「亡くなってから四十九日目」は、故人が極楽浄土に行けるかどうかが決まる大事な日と言われる。黒木君は、富田を極楽浄土にお供させようとしたのだろうか?
その後、黒木君の四十九日法要も無事終了して、また元の忙しい会社生活に戻っている。
富田は、高田君と一緒にコーヒーを飲み、飲み会にも行っている。居眠り運転は時差ボケが原因であり、黒木君の死とは無関係と考えている。偶然にも時が重なっただけだろう。
芥川龍之介の言葉で「運命は偶然よりも必然である」というものがある。人生で起こる出来事は、単なる偶然ではなく、個人の性格や行動の結果として必然的に起こるのだ。
今回の事故も、偶然ではなく、日常の行動や性格が結果としてその状況を引き寄せたのだ。本人の日々の生活における安全管理の欠如の結果なのだ。ニュースの社会面に、「高速道路を運転中に睡魔に襲われ居眠り運転により死亡事故」が時々報道される。
偶然に睡魔に襲われたのでもなく、運命で居眠りしたのでもない。疲れや寝不足で居眠りしたのだ。睡魔に襲われない予防をしていなかったのだ。
ともかく、今度の事件は、黒木君が救ってくれたのだ。
「次の休みの日に、黒木君のお墓参りをしよう」富田は気を取り直して呟いた。
(了)