(シナリオ)

《黒背景にテロップ》

「これはまだ日本にマラソンという言葉がなかった江戸時代の終わりごろの話である」

《日光街道》

馬場安兵衛(30)が走っている。

箱を背負って、手を振らず、上下動を極力押さえている。体のひねりをいれない、いわゆる飛脚走りだ。

駕籠や博労(ばくろう)や他の飛脚をあっという間に抜き去っていく。

幸手(さって)宿、粕壁(かすかべ)宿、越ヶ谷(こしがや)宿、草加(そうか)宿、走馬灯のように通り過ぎていく。

川が見えるが止まれない。そのまま入っていってしまう。

安兵衛「いけね、泳げなかったんだ。足が立たなかんべ」

と、あっぷあっぷ。どうにか岸に辿り着く。着物の裾の水を絞り出し、「はっくしょん!」着物の懐から、魚が飛び出す。土手には蒲公英(たんぽぽ)が咲いている。辺りの梅が散り始めている。

タイトル『 走れ安兵衛 ―安兵衛の恋・逢わずして許我(こが)ゆく駕籠に―』

《古河城下(夜)》

日光街道の宿場である。

提灯の中を走り抜ける安兵衛。

《同・飲み屋(夜)》

一〇人くらいの町人がワアワアやっている。席は八分ほど埋まっている。

安兵衛が飛び込んでくる。

安兵衛「水を一杯くれ」

客の一人が席を空けて、

その客「ヤっさん、ここが空いてるよ。夜分に息切らしてどうしたんだい?」

安兵衛「いや、ちょっと急ぎの用があってな。これからひとっ走りご家老のところに」

と、亭主が出した蕎麦猪口(ちょこ)を受け取り、一口ぐいとやる。うっと、口から液体を噴き出す。

安兵衛「亭主、水といったんべ! これは酒じゃねえべか!」

亭主「ヤっさんにとっては、水だろ……。この前助けてもらったお礼さ。さ、ぐぐっと」

前の客「ヤっさん。よかんべ。どっちみち宵の口だべさ。それによ、ヤっさんはご家老のお気に入り、ちょっとぐれえ遅れたって、でえ丈夫だべ。さ、俺のも」

と、猪口を安兵衛に差し出す。

×   ×   ×

店には、先ほどの客と亭主と安兵衛しかいない。亭主も一緒に飲んでいる。

三人の前には銚子が二〇本くらい倒れている。三人とも酩酊している。

 

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