最も激しく感動させられたのは、一九六三年、カール・ベームの指揮でベルリン・ドイツ・オペラのオーケストラと合唱団によるものだった。
それまで聴いた第九とは、まるで次元の異なることが二つあった。
一つはオーケストラの音が大変に荒々しいことである。空虚五度のざわめきから最初のクレシェンドが盛り上がるあたりも、あらゆる楽器がその存在を主張してやまない。
やや不調和で、ギラギラした音である。盛り上がった頂点からの主題のフォルテの下降も、ガチャンと何かが壊れるような衝撃音を伴っていた。
低音もずしんと重く鳴るのではなく、コントラバスやチェロが「俺が主役だ。」と言わんばかりに弓の摩擦音をガサッと鳴らしてでしゃばってくる。
それまで聴いた第九の始まりはもっと美しく調和のとれた荘重な音楽だった。
その日はこの荒々しさに最後まで引きずり込まれていったのだが、後にもこういう響きを何度も聴いた。
クルト・マズアの指揮するゲヴァントハウス・オーケストラの第九、ギュンター・ヴァントの指揮するNHK交響楽団のブラームスの第一交響曲、ベーム指揮のウィーン・フィルハーモニーの『レオノーレ』序曲の三番など、とにかくドイツ系の指揮者がドイツの大曲をやるときにこの音が鳴った。
そしてレコードでは、オットー・クレンペラー、カール・シューリヒト、エドワルト・ヴァン・ベイヌム等の演奏ではむしろそういう音が主流であるのを知って、あの夜はやはり本物を聴いたのだという確信を得た。
ベームのレコードについていうと、彼の晩年の録音はすっかり音がまろやかになって、雄大なスケール感だけがどこか空虚に鳴り響いている。
私がナマで第九を聴いたのは、彼がまだ六十代の精悍そのものという時代だった。
ここというところでは指揮台を足で叩くようにして、その勢いに触発されて、チェロやコントラバスがガツガツと角張った音を出し、ティンパニーが一音一音意味を込めるがごとく叩き込む、こういうベートーヴェンはこのごろほとんど耳にしない。
【推薦CD】
・ベートーヴェン 交響曲第九番ニ短調「合唱付き」(K・シューリヒト指揮、エリザベート・ブラッスール合唱団、パリ音楽院管弦楽団)
※ほかにYouTubeに多数の録音が収録されている。
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