【前回の記事を読む】冬の劔岳、彼らが命を落としたあの山行の一部始終…「最短で六日間の計画。そのうちには必ず悪天の周期があるはず」

第二章 小窓尾根

鬼島は話題を逸らすように、「他のパーティーは小窓に入っていますか?」と、警備隊員の手元を覗き込みながら聞いた。

「ああ、はい。小窓尾根はね……」と警備隊員はまた帳簿の紙面をなぞった。

「今年はおたくら含めて二パーティーですね。おととい一パーティー入りましたわ」

「そのパーティーは何人ですか?」

「えっとね、二人ですね。おたくらと同じ、二人パーティー」

川田も事務机に寄り、帳簿を確認した。

小窓尾根以外のルートには、剱岳から東方に延びる八ツ峰ルートに一パーティー、同じく東側の源治郎尾根ルートに一パーティー、赤谷尾根ルートに二パーティー、最も登りやすい早月尾根には二十パーティー以上はいるだろうか。そして黒部越えのルートが一パーティーであった。

「はい、これヤマタンね」

警備隊員は別の引き出しからペンダント様の「ヤマタン」を出し、裏面に書いてある名前を確認しながら、鬼島と川田に手渡した。この山域に入るのが初めての川田はヤマタンを見るのも初めてであり、手で転がすようにしげしげと眺めた。ヤマタンの裏面には自分の名前が書いてあった。

事務机の背後の居室から、年輩の警備隊員が湯呑みと大きめの急須を盆に載せてやって来て、「お茶をどうぞ」と勧めてくれた。鬼島と川田は、ヤマタンを持ったまま、差し出された湯呑みを手に取った。ひとすすりして湯呑みを置き、川田はヤマタンを首に掛けた。

ヤマタンとは、厳冬期に剱・黒部の山域に入山する者が個々に身につける電波発信機で、このヤマタンが発信する電波を頼りに遭難者の居場所を探し出して救助に当たる。形は五百円玉を少し小ぶりにした程度、厚さは三ミリメートル程度のペンダント様のもので、アンテナの針金が十五センチメートルほど飛び出ている。

そんなペンダントを針金ごと首からぶら下げるのはすこぶる不快そうであったが、実際に首にかけてヤマタンとアンテナをシャツの中に入れてみると存外気にならなかった。しかし川田は、こんなちっぽけな発信器から出る電波で、深山に入った登山者の居場所を捕捉できるのか疑問だった。

「これでレスキューしてもらえるのですかね」

「いや、ヤマタンはほとんど小禄(遺体)捜しに使うんだよ」と、鬼島は茶をすすりつつ飄々と答えた。

川田は「はあ……」と言いながら再び茶をすすった。そんなことだろう。所詮は深雪に埋まった遺体を捜し出すという途方に暮れる労作業を軽減するためのものでしかない。

「まあ、たまにドカ雪で動けなくなった奴らを生きたままピックアップすることもあるらしいけどな」と、鬼島が続けた。