たとえば、宇宙の始まりにあったとされる微細な「揺らぎ」、生命が誕生する以前から存在していた、震え、流れ、渦巻き、波動――舞踏家・最上和子さんの言葉を借りれば、「ひくひく」「ヌメヌメ」「ぷくぷく」「じわー」といった身体の奥から立ち上がるような動きが、すでにこの宇宙に存在していたのではないか。
あるいは、「ゆらゆら(揺らぎ、波動)」「ぐるぐる(回転、渦)」「ざわざわ(細かな振動、ざわめき)」「とろーん(沈殿、静止、拡散)」もあったかもしれない。
こうした動きは、私たちが踊るときに感じる身体のリズムや感情の起伏と、どこか響き合っているようにも思えます。踊るとは、宇宙の原初的な律動と、私たちの身体が再びつながる行為なのかもしれません。
見る側と見られる側――踊りの二つの視点
踊りには、「見る側」と「見られる側」、すなわち観客と踊り手という二つの立場があります。これまで、多くの研究は「見る側」の視点から行われてきました。舞台や儀式における演出、衣装、舞台装置の分析などがその中心を占めています。
しかし、踊りは身体による運動です。踊り手の身体がどのように動きを生み出し、空間に形を作り出すのか――
その視点がなければ、踊りの本質には迫れないのではないでしょうか? 本書では、「見られる側」、つまり踊り手の視点から、踊りの動きや身体の内的感覚を見つめることを大切にしています。
踊るとは何か? なぜ人は動くのか? そうした根本的な問いを、身体の内側から立ち上げていきます。
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