額の髪の生え際は、かなり後退しまばゆい程に輝いている。ちょび髭に太い黒縁の眼鏡。そのレンズ越しの柔らかい眼差しから、実直な先生の印象を受けた。年の頃は自分と同年代、五十代そこそこと想像された。ひとしきり雑談の後、先生は切り出してきた。

「実は成績優秀な俊介君ですから、本来父上様との面談なんか必要のない所なんです。ですが卒業迄に一回は父兄と顔合せをするきまりになっておりますので、その辺は御了解下さい」

「わかりました」

「それで…、実は新学期早々、四年生全員の進路について簡単な聞き取り調査をしました。

御家族が旅館を営まれていて、しかも御兄弟がいない一人っ子だと聞き置きました。後を継いでいく事を考えれば、せめて高等師範に進んで先生になり、地域の教育の場で活躍していくのが、極く自然な在り方かなと判断しておりました。勿論、そんな事では物足りないという事であれば、予科二年を経て、大学に進学するのも妥当な選択ではありますが……」

「それで本人の意見でも聞いてみたんですか?」

「ええ…。意外な答えが返ってきました。私が持ち合せていた判断は、まるっきり的が外れていました。彼は海軍兵学校に進みたいときっぱり意志表示をしたんです」

「なるほど…」

「普段は物静かな学習態度、冷静沈着な彼の口から軍人の道に進みたいなんて言葉、全く想像していませんでした。それで御家庭の父上様の夢なり、あるいは影響を受けたのかと…」

「いやいや…、本人と話し合った事など、一度もありませんで…。男の子ですから、全て本人まかせ。男親の意見、考え等関係なかろうにと、思っておりましたので…。それに自分等は都会から離れた山間の村、箱根の奥座敷に居て、目先の事、明日の事に追われ腰を落ち着けて向き合って議論した事など、記憶にありませんで…」