幼い頃から父からは、「八右衛門のような剣の使い手になれ」とよく発破(はっぱ)をかけられていた。叔父の八右衛門は神道無念流(しんとうむねんりゅう)の免許皆伝(かいでん)で、道場の師範代も務める使い手だった。又兵衛も、剣の手ほどきをその叔父から受けた。
「又兵衛は兄上に似ずなかなか筋がいい」
そう満足げに叔父が話してくれたことがあって、その一言がきっかけで又兵衛は叔父の道場に通うようになった。初めのうちは母が付き添ってくれた。
そんな剣の師でもあった叔父がなぜ父を殺したのか、いや殺さねばならなかったのか。それは又兵衛の理解、想像の域をはるかに越えるものだった。まじめで実直な父よりも気さくで話好きな叔父の方に、むしろ又兵衛は親しみを覚えていたのだ。
父の葬儀は菩提寺(ぼだいじ)で行われたが、なぜかそこに母、八重(やえ)の姿はなかった。父を失った悲しみや孤独を癒やしてくれるはずの母はいなかった。祖父からは、
「八重は訳あって遠くへ旅に出た。しばらく会うことはかなわぬ」
と告げられたが、むろん又兵衛にとって合点のいくものではなかった。いつも傍にいて自分を支えてくれていた母が突然何も告げずに自分の目の前から姿を消したのだ。
それは又兵衛にとって父の死以上の衝撃だった。以後夜半天井を見つめて涙する又兵衛の姿があった。傍らにまだ祖父母はいたが、とにかく寂しくてさびしくてならなかった。