相手は郁子ではなく自分なのだ。春彦のその激しい衝動を、亜希子は嬉々として受け止めた。そしてその心の奥底に残るなけなしの良心を刈り取るように肢体を艶めかしく絡ませ、春彦の快楽に応えていた。

もうそこが何処であるのか、自分たちが何者であるのか、そんなことなどどうでもいいほどの行為は二人の本来の姿をさらけ出し、ただの獣として登りつめた先の絶頂をリビングに響き渡らせていた。

その時、春彦の肩越しに亜希子の目に飛び込んできたのは、二階への階段に続くリビングの扉の影から、その様子を無表情に眺める郁子の姿だった。

あの時、郁子に紹介せずに、自分が春彦と結ばれていたらどうだったろうか。

そんな考えがふと心に浮かんだ時に、亜希子は春彦と郁子の関係に信じられない程の妬ましさを感じていた。それはあくまでも平凡な家庭に納まりたかったという願望の表れで、別に相手は春彦でなくても良かったのかもしれない。

 

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