連休が終わって、村にはいつもの静けさが戻ってきた。田植えが済み、あとは水の管理をしながら順調な成長を見守るばかりだ。田植えの仕事が一段落し、それぞれ手伝いの者は帰ってゆく。孝介も東京へ戻る準備をしていた。今回帰ったのは、家族を東京へ連れてゆく準備もあったからだ。

本家に行き、兄に事情を話すと、田の世話は兄が承知してくれた。孝介が妻子を連れてゆくと言うと、それが良い、家族は一緒に暮らすものだ、田は俺たちでやるから大丈夫だと言ってくれた。ただ、この秋の収穫までは予定通りの段取りで行こう。美智子と由布子を連れてゆくのはその後にしてくれと言われた。それから冗談のようにつけ加えた。

「戻りたくなったらいつでも帰ってこい」

孝介は内心ではそんなことはありえないと思ったが黙っていた。肝心の美智子に言い出すチャンスが来なかった。孝介には、美智子が田舎で暮らすのと東京へ出るのとどちらが幸せか判断がつかないのだった。だから確信を持って行こうと言えない……

東京へ行く日が来てしまった。孝介は美智子に始発の電車に乗るので駅まで車で行き、駅の駐車場に入れておくから、あとで取りに行ってくれと言った。

夫の言葉は、美智子を何重にも傷つけた。孝介がこのまま家にいるとは思わなかったけれど、東京での仕事に何か思い詰めているようだった。それなら家から通えるところに仕事を見つけることだってできるはずだ。

そうやって畑仕事は年寄りや女に任せている家は多い。孝介はやはり東京が良いのか。東京には、村の仕事も私も由布子でさえ引き留められない何かがあるのか。行かないでほしいと、孝介にぶつけられない。自分自身のプライドの高さも持て余していた。

それにしても始発に間に合うように駅まで送ってくれと言わず、あとから車を取りに行ってくれとは。私に送られるのが嫌なのか。そんな風に邪推する自分も嫌だ。

次回更新は7月11日(金)、19時の予定です。

 

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「由布子があんなに喜んでるんだぞ。半日ちょっと出たっていいじゃないか。町じゃあ何をするのも家族が一緒だ。女だからって留守番なんかしない。みんなもっと時間をうまく使ってるぞ」